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SS by astra
日常的非日常世界論 霖之助
 昔話の話から始めよう。
 例えばかぐや姫。
 ある日、いつもどおり竹やぶへ竹を取りにでかけると、根元の光る竹を見つける。竹から出てきた女の子は大変美しく育ち帝に見初められるが、実は月の姫君で月に帰らなければならない。月に帰るとき姫君は不老不死の薬を残す。
 例えば桃太郎。
 ある日、いつもどおり川に洗濯をしにいったら、川上から大きな桃が流れてくる。その桃を持ち帰ってみると中から男の子が出てくる。成長した男の子は鬼退治に出かけ、見事鬼を退治して金銀財宝を持ち帰る。
 ここでぼくは、どうして、と考える。
 どうしてかぐや姫の翁と嫗は竹から出てきた女の子を育てることにしたのか。
 どうして桃太郎のおじいさんとおばあさんは桃から出てきた男の子を育てることにしたのか。
 乳飲み子を育てるというのはかなりの重労働だ。子供を授かった時点で相当に高齢だったであろう夫婦に、子供を育てていく上での不安はなかったのだろうか。若い夫婦のもとに生まれた子であっても、食い扶持を減らすために捨てられることが珍しくなかった時代だ。年老いた夫婦が思いもよらぬ形で授かった子を捨てたとしても、誰が彼らを責めるだろう。
 それ以前に、竹や桃から出てきた子供なんて気味が悪くないのか。子供を拾ったのは、大事に箱に入れて育てられた生娘などではなく、老夫婦なのだ。年相応に経験を積んできた彼らが、子供を授かるのにどういう営みが必要なのか知らないはずがない。
 それでも、老夫婦は子供を育てることを選択した。
 もしかしたら夫婦は若いころ子供に恵まれず、それで拾った子供を天からの授かりものとして育てたのかもしれない。それとも、単に子供の泣く子を目の当たりにして不憫に思ったのかもしれない。推測はいくらでも出来るが、物語に書かれていないので確実なところはわからない。
 しかしぼくは、批判を覚悟で、老夫婦が子供を育てることにした理由を断定させてもらいたい。彼らが子供を育てることを選択したのは、老夫婦が子供を育てなかったら、物 語 が 進 ま な い からだ。
 これらの物語の中で子供を育てるという選択をするということは、言い換えれば、日常の中に放り込まれた非日常的異物を受け入れるということだ。日常の中に異物を放り込むことで物語を進めるというこのやり方は、昔話に限ったものではない。異世界への召還、突然の転校生、ある日少女が空から降ってきた・・・等々近年外の世界から入ってきた物語の中にも枚挙に暇がない。悪く言えば手垢のついた手法ということになるだろうが、手垢がついているということは、それだけ人々に愛されてきたということなのだろう。
 停滞した日常を壊し、その先にある結末へと物語を加速させるファクター、それが異物なのだ。

 さて、前置きが長くなったが、今日も今日とて魔理沙はぼくの店に来ている。本を読んでいる(振りをしながら実は魔理沙を観察している)ぼくのことなんかお構いなしで、好き勝手に店内の商品を物色している。何年も前から変わらぬ風景、あるいは停滞した日常だ。ぼくと魔理沙の関係も数年前からまったく変わっていない。
 これが物語であれば、ここに異物がやってきて劇的な変化が訪れるのだろう。ところがこれは物語ではなく現実で、さらに悪いことには、ここは幻想郷なのだ。
 八雲紫は言った。「幻想郷はすべてを受け入れるのよ。それはそれは残酷な話ですわ。」 彼女の言葉どおり幻想郷はすべてを受け入れ、そしてそれは、今のぼくにとって、非常に残酷なのだ。
 幻想郷がすべてを受け入れるということは、つまり、異物の受け入れそのものが、幻想郷の日常風景に含まれるということだ。ここ最近でも、外の世界から神様がやってきたり、地底から怨霊や宝船が飛び出してきたりした。極めつけは、いつの間にか昔話のかぐや姫本人が竹林の奥に住みついていた、なんて話もある。
 余談だが、霊夢や魔理沙は、彼女たちが幻想郷にやってきたときにひと悶着あったようだが、これは一見すると異物との出会いによって物語が動いたかのように見える。しかし、これはひとつの日常のかたちに過ぎない。
 子供の社会を例に出せば分かりやすいかもしれない。子供は、自分が新しく寺子屋に通いだしたり、あるいは通っている寺子屋に下級生が入ってくる等新たな出会いが多くある。そして子供たちは新しく自らの日常に加わる他人をすぐに受け入れる。出会う前も後もやることは同じ日常。一緒に遊ぶだけだ。
 霊夢や魔理沙たちも一緒に弾幕(あそ)んだだけのことだ。その前後の日常に変化なんてこれっぽちもない。

 さて、話が長くなったがぼくが言いたいのは何かというと、ここ幻想郷においては座して待っていても非日常的異物が何かを進展させてくれることはないということで、つまり何かを進展させたいのなら正攻法で自分から動くしかないわけで、要するに・・・


「魔理沙、ほら、今日は天気もいいことだし2人でどこかに出掛けないか?」
魔理沙をデートに誘うだけでもこれだけの理論武装をしてしまうヘタレな霖之助さん。

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あきゅろす。
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