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SS by astra
明治17年の上海アリス 美鈴
交流☆わはーSSコンテスト優勝作



 1発の銃声が街の喧騒をかき消した。銃声がした方向を見ると、10間ほど先に男が頭から血を流しているのが見える。さらにその5間ほど先には、拳銃を持って走り去る男の姿。
 倒れた男の近くにいた人々は悲鳴を上げ男から離れる。しかし、一瞬の後、拳銃を持った男が走り去ると、街はもう平静を取り戻していた。何人かの男が嫌そうな表情を浮かべながら、死体を道の脇にどける。そして何もなかったかのように、ある者は客引きを再開し、またある者は露天に並べられた商品の値切りを始めた。
 上海租界に住む人々にとって、白昼堂々の殺人など珍しいことではない。自分に危害が加えられることがないと分かれば途端に興味を失ってしまうほどに。日常茶飯事に殺人や強盗が起こり、老若男女を問わず昼間から阿片を吸う。
 魔都。上海租界を最初にそう呼んだのは、本国から来た平和ボケの英国人旅行者だったろうか。
 西洋人というのはなんと身勝手なのだろうか。上海租界を魔都たらしめているのは当の英国から来た阿片商人だというのに。さらに治外法権が保障された上海租界では、清国の政府や軍閥の警察力は及ばない。英国や仏国の軍隊も自国民の保護はするが、租界に住む漢人がどうなろうと知らん顔だ。
 ここ30年で上海はすっかり変わってしまった。

「そろそろ引っ越そうかなぁ…」

 空を見上げながら誰にともなく呟き、すぐに首を振って地面に目を落とす。
 多分、私はこの街を出て行かないだろう。

 この街に来てから200年。それまではこんなに長くひとつの土地に居座ることなどなかった。気ままに世界中を歩いて回った。天竺に珍しい食べ物があると聞けば行って食らい、満州に武術の達人がいると聞けば行って手合わせをした。
 何百年もそんな暮らしをしていた。ところがある日、何故か、急に虚しくなったのだ。何かが。
 それ以来、私はこの街で人間に紛れてひっそりと暮らしている。200年も住めば、妖怪といえどこの街に愛着も出てくる。きっと私は、死ぬまでひっそりとこの街と時を重ねるのだろう。 
 私が彼女に会ったのは、そんな時だった。外国人向けの茶館から日傘を差して出てきた少女は、私のほうを見て開口一番に言ったのだ。

「貴女、うちで働かない?ちなみに断ったら貴女が妖怪だってバラしてこの街にいれなくするわよ?」

「・・・という訳で、私はいまこのお屋敷で働いているのです。」
「ふぅん。あいつ、昔から我侭なのね。」
「いけませんよ、お嬢様のことを『あいつ』だなんて言っちゃ。」
「何で、美鈴はあいつの肩を持つのよ?貴女だってあいつに無理やり連れてこられたんでしょ?」
「まぁ、確かにいきなり、うちで働けって言われたときは驚きましたよ。でも、最初は無理やりでしたけど、しばらく紅魔館で暮らしていて、ふと思ったんです。私、満たされてるなぁって。それで気付いたんです。私は、根無し草でいることに疲れてたんだなぁって。気ままに独りで暮らすのは気楽だけど寂しいものです。私は、心のそこでは家族というか、そういう温かさを求めていたんです。あの時お嬢様に声をかけて頂けなかったら、今でも私は空を見上げてはため息をつきながら、独りで生きていたことでしょう。」
「でも、それって偶然でしょう?」
「偶然なんかじゃありませんよ。お嬢様が声をかけたということは、その人にとって紅魔館が必要だったということなんです。私も、貴女も紅魔館を必要としているんです。」

 それがお嬢様の【運命を操る程度の能力】。お嬢様にとってはただの我侭でも、周りの人妖は、その我侭によって救われてしまう。もっとも、お嬢様は誰でも自分の我侭を聞いてくれる便利な能力、程度にしか思ってないでしょうけれど。
 目の前の幼い少女は、まだ納得がいかない、という様子で眉を顰めている。無理もない。私は、彼女の頭に手を置いて、撫でてやる。

「少し難しいかも知れませんね。暫くは騙されたと思って辛抱してください。じきに解りますから。ね、咲夜ちゃん?」


久しぶりの更新になります。またぼちぼち書いていければいいなぁ(・ω・`)

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あきゅろす。
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