[携帯モード] [URL送信]

SS by astra
賢者は愛する人の夢を見るか? 永琳、輝夜
交流☆わはーSSコンテスト【年末年始】優勝作品。


 蕎麦をすする音が、静かな部屋の中に木霊する。
 永遠亭の奥まったところにある一室で、永琳はひとり年を越していた。少し離れたところから兎たちの乱痴気騒ぎが聞こえてはくるが、その騒々しさは、むしろ、寂しさを強調するだけでしかない。
 兎たちの乱痴気騒ぎに邪魔されながらもしっかりと耳に届いてくる除夜の鐘を数えながら、永琳は書院造の部屋の中を見回す。
 
 いつもの定位置、炬燵の向こう側。いない。
 鏡餅が供えられた床の間の前。いない。
 置物代わりに置いてある宇宙服の頭部が、異様な存在感を示す違棚の前。いない。
 月明かりのさす縁側。いない。

 ここに輝夜はいない。分かってはいても、永琳はその姿を部屋の中に探してしまう。何世紀もの間、一緒に年を越してきた愛すべき姫の姿を。

 はあ、とため息をひとつついて、永琳は寝床の準備を始めた。どうせ待っていても、今晩輝夜は帰ってこないだろう。こういう時は、ぐっすり眠って気分を切り替えたほうがいい。せめて良い初夢が見られればいいんだけど。



「永琳!出かけてくるわ。」

 遡ること数刻前。永琳がそろそろ年越し蕎麦の準備をウドンゲにさせようかと思い始めていたころ、輝夜がウドンゲとてゐを連れて永琳の部屋にやって来て言った。輝夜が突然何かを思いついて、それをやりたがるというのは珍しいことではない。
 しかし何も大晦日の日に思いつかなくてもいいのに。大晦日は、1年で最大の稼ぎ時を翌日から控えた巫女の気が立っているから出歩くと危険なのだ。永琳は胸中で嘆息しながら輝夜に尋ねた。

「大晦日の晩にどちらへ?」
「ライブよ。プリズムリバー楽団が年越しライブするらしいの。それ見に行こうかと思って。」

 年越しライブならば大晦日はやめろ、と言うわけにいかない。永琳としては静かな新年を迎えたかったのだが、輝夜が望むなら仕方がない。

「そうですか。それでは私もお供いたします。」
「永琳は来なくていいわ。」

 永琳は思いがけない拒絶の言葉に一瞬絶句するも、気を取り直して輝夜に問い質す。

「どういうことですか!?」
「こういうことよ!イナバ!」
「ええ!?ホントに言うんですかぁ?」

 輝夜の言葉にウドンゲが困惑した顔で尋ねる。てゐも、何も言わないものの、その表情からウドンゲと同じような気持ちでいることが見て取れた。

「あら。私の言うことが聞けないのかしら?」

 急に声のトーンを落とし、艶やかな微笑を浮かべながら輝夜は2人に問いかけた。これまでに数多の者を魅了し、時にはその者の人生を台無しにすることさえあった妖艶なカリスマを必要以上に纏った輝夜に圧倒され、てゐが意を決したように言う。

「えーマジ保護者同伴!?キモーイ」
「保護者同伴が許されるのは吸血鬼(ようじょ)までだよnふべら!?」

 そしててゐに続いてウドンゲが喋り始めた。ウドンゲの人を小ばかにしたような表情が癇に障ったので、永琳はとりあえずウドンゲを張り倒す。

「こういうことよ。兎に角!馬鹿にされちゃうから永琳は来なくていいわ!」

 その隙に、輝夜は外へと飛び出していった。こうして、輝夜は一人でライブへと生き、永琳はひとり、永遠亭で年を越すことになった。静かな年越しをしたいとは思ってはいたが、こういう形ではないはずだった。



「××!今日のお勉強はなに?」

 これは夢かしら。

「××!お年玉ありがとー!」

 夢ね。この頃の輝夜は可愛かったわね。

「××!どこにいくの?輝夜もいっしょに行くー!」

 輝夜は愛されることの天才だった。誰もが輝夜を愛した。

「××!これあげる!いつも一緒にいてくれるお礼よ!」

 私も輝夜の虜になっていた。輝夜のためなら何でも出来た。だから、輝夜に求められるままにあんな薬まで作ってしまった。そして輝夜は地上へと追放された。私の所為で。

「××!ずっと、輝夜と一緒にいてね!」

 輝夜と共に月を裏切ったとき、私はずっと輝夜と一緒にいることを誓った。それが、今日の体たらくは何だ。ひとり寂しく新年を迎えることになるなんて。

「××!」

 ××か。懐かしい響きね。地上に転生した輝夜は、××を発音できなくなってしまった。もう輝夜の
声が私の名を紡ぐことはない。輝夜が、あの愛しい声で私を呼んでくれたらどんなに素敵だろう。

「××!××!××!」

 夢の中でもいい。この声をもっと聞いていt・・・

「××!いつまで寝てるのよ!起きなさい。」



 永琳がはっと目を覚ますと、枕元では輝夜が得意げな笑顔を浮かべていた。

「輝夜、今何と?」

 永琳の聞き間違いでなければ、『××』と呼ぶ輝夜の声がしたのだ。

「××。」
「もう一度!」
「××。」
「どういうことです?襖の向こうにはどなたが?」

 よく聞くと、その声は目の前の輝夜の口からではなく、輝夜の後ろから聞こえてきていた。

「あら。さすが永琳ね。もう気付いちゃったの?イナバ、開けていいわよ。」

 輝夜がそう言うと、ゆっくりと襖が開いた。襖の向こうにいたのはウドンゲと、リリカ・プリズムリバー。

「ああ、成る程。」
「何よ。もう全部分かっちゃったの?」

 永琳には全てが分かった。

 輝夜がなぜ昨晩突然ライブに行ったのか。
 輝夜がなぜお供を断ったのか。

 幻想の音を永琳に聞かせるため。
 永琳の名前は地上の生き物には発音できない。元月の民とはいえ、地上に転生した輝夜であってもそれは例外ではない。
 永琳の名前は私が地上を捨てて月に行ったときに地上から失われた。つまり、幻想になったのだ。
 そしてリリカ・プリズムリバーの演奏する音は幻想の音。なるほど、確かに彼女なら、輝夜が地上に転生したときに幻想となった『輝夜の声で発音される××』を演奏できてもおかしくはない。

「永琳は頭が良すぎるわよ。もっと驚いてくれたっていいじゃない!」

 輝夜が悪戯に失敗した子供のような、ちょっと拗ねた顔で言う。

「十分驚いているわ。」

 輝夜のサプライズに、永琳の目頭は熱くなる。

 今でも、輝夜は可愛らしい。
 今でも、輝夜は私の心を捕らえて離さない。
 もう、私は永遠に輝夜から離れることなどできないだろう。
 やはり輝夜は愛される天才だ。

「ありがとう。」

 嬉し泣きの顔を輝夜に見られるのが何だか悔しくて、私は顔を見られないように輝夜を抱きしめた。



タイトルはフィリップ・K・ディックの小説『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』のパロディ。内容とは無関係です。

[*前へ][次へ#]

あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!