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SS by astra
ハロウフォゴットンメモリー 小傘
交流☆わはー第12回SSコンテスト【わ】優勝作品。



「わ!お化けだぞう!・・・何か違うなぁ?」

 叫んで小首をかしげるその少女――多々良小傘は、空に浮いていた。本を読みながら、何故か逆さまに。スカートはめくれないように腿ではさんでいるものの、それで重力に完全に逆らえるはずもない。いつもより多く露出している足は、太ももから指先まで、初夏の日差しをいっぱいに浴びて健康的に輝いていた。
(てぃーえす様より挿絵を戴きました)
 叫んだの言葉は、おそらく読んでいる本の中の1フレーズであろう。色あせた本の表紙に書かれたタイトルは『耳嚢』。内容は筆者が聞き取った珍談、奇談をまとめたもの、要は怪談である。10年ほど前に香霖堂に入荷した本らしいが、今まで買い手がつかなかったらしい。そして小傘は先日、二束三文で店頭に並んでいたこの本を購入した。この本を読んで人間のおどかし方を学ぼうと思ったのである。
 しかし普段本を読みつけない小傘は、この本を読むのに四苦八苦していた。そこで思いついたのが、逆さまになってみるということだった。そうすれば頭にもっと血が行って頭が良くなるのでは、と思ったようだ。もちろん、そんなことで頭が良くなるはずもない。

「・・・うぅ。気持ち悪くなってきた。」

 ページをめくる手を休め、くるりと反転する。そして血が集まりすぎてのぼせた頭が冷えるのを待って、小傘は再び本に目を落とし、慣れない読書と格闘し始めた。

 何故小傘は、ここまで人をおどかすことにこだわるのか。本人に尋ねれば、おそらくただ一言、「楽しいから」と返ってくるだろう。確かに小傘にとって、人をおどかすのは非常に楽しいことなのだ。だが、小傘は気付いていない。小傘が人をおどかすことに対して、強迫観念にも近い執念を抱いていることに。

 少し、昔話をしよう。



 昔昔、といってもそれほど昔じゃあないが、その傘はとある傘職人の手で作られた。ところが色が奇抜すぎたせいか、買い手が付かなかった。そこで仕様がなく、傘職人はその傘を長屋の隣に住んでいた家族にくれてやったんだ。
 当時傘は高級品で、長屋住まいの町人には手が出るようなものじゃなかった。だからその家の倅は大いにはしゃいでね、次の日、傘を差して寺子屋に行ったんだ。自慢したかったんだろう。でも彼を待っていたのは、羨望ではなく嘲笑だった。他の子供たちは彼の差してきた傘の色を笑ったんだ。まあ、一人だけ傘を持っていることに対する妬みみたいなものもあったんだろう。
 ところがその子も強情でね、傘を持ってくるのをやめればいいのにそれからも傘を使い続けたんだ。嘲笑に反発してさ。それとともにその子は寺子屋の中で孤立していった。孤立が深まるにつれ、彼はいっそう傘に執着していったんだ。そういった日々がどのくらい続いたのかは分からない。その間、傘には少年の孤独感とか、悔しさとか、そういう思いがずっと向けられていたんだ。
 そんなある日、寺子屋で肝試しをすることになってね。その子はおどかす役をすることになったのさ。もしかしたら渋々だったのかもしれない。孤立していたからいやな役を押し付けられたとか。ま、そこら辺は想像の域を出ない。
 とにかく、その子はおどかすに当たって傘を使うことにしたんだ。傘に紙を貼り付けて一つ目と大きく裂けた口をつくり、その口の辺りからぬれた布切れをぶら下げる。立派な唐傘お化けの出来上がりさ。これが他の子に大うけでね。その日から一躍彼は人気者、寺子屋の中で一人きりになることはなくなった。
 その後もしばらくの間、その子は今まで通り傘を使い続けた。だけど元々、他の子に馬鹿にされたのが悔しくて、意固地になって傘を使い続けていただけだからね。その子は次第にその傘に見向きもしなくなる。そうして終に傘は完全に忘れ去られて、風に吹かれるまま、この郷に流れ着いたというわけさ。
 もともと少年の執念、というか怨念のような思いを受け続けていた傘だから、付喪神に化けるのにそう時間はいらなかった。ところで、少年が傘に向けた思いで一番大きかったのは、実は喜びだったんだ。寺子屋のみんなを驚かせて、みんなに認められたときの喜び、楽しさ。これが一番大きかった。少年が傘に向けていた執念は「おどかすこと」への執念に変換されたんだろう。
 だから、付喪神と化したその傘――多々良小傘は、少年がみんなを驚かせたときの喜び、楽しさを追体験したくて、追体験しようとせずにはいられなくて、今日も通りがかった人間をおどかすのさ。

「わ!お化けだぞう!」

「・・・?何か御用かしら。急いでるのでまた今度にして下さる?お嬢様がお目覚めになる前に館に帰らないといけないの。」

 ああ、小傘、いけない。それは人間ではなく犬だ。



ネタばらし若干。
作中に出てくる『耳嚢』は江戸時代に書かれた怪談・奇談集ですが、1998年に現代の怪談を集めたこれの現代版といえる『新耳袋』が出版されたので、この時点をもって、設定上幻想入りさせています。なお、『耳嚢』の中に「わ!お化けだぞう!」という表現は多分ありません。捏造です。
タイトルは大輪「ハロウフォゴットンワールド」から。

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あきゅろす。
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