怖いなら一緒に寝てあげるよ?
『眠れない夜は、羊を数えたら眠くなる』
それを初めて聞いたとき、あまり信じられなかった。
そして試してみた。
──やっぱり寝られなかった。
××××
怖い話を聞いた後に、一人でベッドに入ることほど怖いものはないと、僕は思う。
部屋の隅や、机と壁の隙間や、ベッドの下なんかに、
得体の知れない〈何か〉がいるかも知れない。
怖いものは怖い。
おっかなびっくりシーツに触れると、ひんやりした感触にまた驚いてしまう。
こんな時は寝るのが一番。
でも目は冴えちゃって、寝られるわけがない。
そこで羊を数える。
でも何匹柵を飛び越えたかよく分からなくなるくらい、
羊が頭の中で大渋滞を起こすくらい、
ストレスで羊がメェメェ鳴き出すくらい、
数えても数えても、一向に睡魔は顔を見せるどころか、
近づく衣ずれの音だって、聞こえてきはしない。
(困ったな、明日は朝から剣術の稽古なのに)
シーツを頭からかぶる。
また一から羊を数える。
いち、にぃ、さん、しぃ、ご……。
──その時部屋の外で、衣ずれの音がした。
驚いてルシアンは、そのままの体勢で固まった。
こんな時間に屋敷を歩き回る人なんて、いないはず。
じゃあ、一体、誰?
背筋に寒いものが走る。
──近づいて来る。
──来ないで、来ないで。
確実に近づく足音に、ベッドの中で身を小さくすることしか出来ない。
──足音が、ぴたりと止む。
それは、間違いなく、
この部屋の前で。
カチャリ、とドアノブがゆっくり回る。
静かに扉が開いて、その向こうの闇の色が垣間見えた。
まるで地獄の入り口が、ぽっかりと口を開けたような錯覚。
ルシアンは、本当に心臓が止まったと思った。
「やっぱり、起きてた」
緊張感がピークに達し、もう少しで気を失いかけた時、
ドアの向こうから聞こえてきた声は、あまりにも聞き覚えがあるものだった。
「……ねえ、さん……?」
「ちょっと、もうちょっと奥、詰めて」
「え、え?」
「怖いなら一緒に寝てあげるよ?」
小脇に枕を抱え、僕をベッドの端へと押し退けた姉さんは、空いたスペースによいしょと寝転がる。
「姉さん…?」
「良いでしょ、たまには一緒に寝たかったんだから」
「え、うん、いいけど…」
「ほら、手、握っててあげるから」
そう言って触れてきた姉さんの手は、少し冷たかった。
それが何だかおかしくて、つい笑ってしまう。
そんな僕に、姉さんは不機嫌になったみたいで背中を向けてしまったけど、
しっかり手は握ったまま。
姉さんの行動は何が何だかよく分からないけど、触った手の感触にすごく安心できた。
羊が、柵から解放されて広い牧場を駆け回る。
さっきまであんなに怖かったのに、
睡魔は気配すら感じなかったのに、
いつの間にか心地好い眠りが訪れて来て、
ゆっくりゆっくり、僕は夢の世界に引きずられて行った。
お題:xxx-title様
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