所有物
肩から滑り落ちた衣が意図的に曲げた腕の所で止まった。鏡に映ったもう一人のあたしの首筋に手を這わせると、彼女は鎖骨の辺りで顔を悲しそうに顰める。
陽の当たらない部屋に籠るその身体は蒼白いのに、鎖骨の辺りには異様に赤黒い痣が存在を強調していた。
(早く消えればいい、どうか消えないで。)
鏡と現実のあたしが交叉する。矛盾するこの想いに心臓が鈍く悲鳴をあげたのが分かった。
夜もすがら姿ある貴方を想い、気が付けばいつも貴方は残り香だけになっている。
自然と薄れゆく貴方の香りと共にひねもす姿無き貴方を想うのだ。
「今日は…帰ってくるかな」
鏡に向かって問い掛けても、結局は返答の返って来ない独り言。
赤黒い痣に目を落として深い溜息を付く。
「当分…消えなそう」
そしてそれは、貴方が当分の間は帰って来ない事を表わす。
だってこれはあたしが貴方のものである標、貴方がいる時には必要のないものだから。貴方がいない時に必要なものだから。
(早く消えればいい、どうか消えないで。)
そう思うあたしは餓えた貴方の所有物。
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