帰りたい
『途方もなく』格好付けて歩いて来たつもりが、『途方に暮れて』情けない有様になってしまった。
右も左も分からない、終いにはどちらから着たのかすら分からない。その場に座り込んだ自分を跨ぐ誰かの影を眼だけで追い掛けながら、随分長い間その場に居た気がする。
「まさか迷子?」
幾つ溜息をついた時だろう。頭の上から鼻で笑う声が聞こえてふと顔を上げた。
その声に腹が立った訳ではなくて、何処かで聞いた覚えのある心地良いものだったから。自然と顔を上げたのだろう。
「何してるの?」
物珍しそうな目線を向けながら俺の隣に座ろうとする声の主。
その顔と声に記憶を辿り名前に到達するまで時間はそう掛からなかった。
「隣のクラスの…」
「あ、見覚えある?嬉しいな」
"彼女"は眼を細めて笑う。揺れた頭に緑の黒髪が靡いた。
白い肌に上気した頬が赤く染まるその表情はまだ幼さが残るも何処か大人びた雰囲気を放っている。そう感じるのはきっと彼女が歳の割にやけに落着いた物腰だからだろう。
そんな彼女の横に縮こまる俺はなんて不浄な奴なのだ。そう自分を戒めずには居られなかった。
「で、本当に迷子なの?」
「‥‥‥真逆」
自分で言った言葉に真実が見出だせなくて自嘲気味に笑みがこぼれた。そんな俺に不快を覚えたのか彼女はあからさまに眉を顰める。
ああまたか、彼女から視線を逸らして俺は心の中で溜息を吐いた。こんな事は慣れている、繰り返し味わってきた虚無感なんて遠に諦めていた。
それなのにどうしてか今日はなかなか諦めきる事が出来ない。その証拠に目が彼女を追い掛けて彼女を見付けては泳いでいる。
「行くあてでもあるの」
「‥‥‥何もない」
「そう…帰らないの」
その言葉に胸が熱く脈を打った。突き放された様な、答えを与えられた様なそんな不思議な感覚だ。
彼女の声をそのまま反芻して、俺は確かめる様に問い質す。どうして今までそこに到達出来なかったのか疑問に思うぐらいの滑らかさでその一言は咽喉を通過した。
「帰りたい」
導き出した答えは迷子の結末の様だ。駄々を捏ねた子供ではないけれど、まるでそんな感じだと思った。
途方もなく待ち惚けした自分の自業自得だと言うのに、誰かが来ると期待した訳ではないと言うのに。
「そっか、じゃあ帰ろう」
風邪引くよと、立ち上がって差し出した彼女の右手がやけに大きく感じた。実際には白く華奢な指で、自然と伸びた自分の手で握り潰してしまうのではないかとハッとした。
言わせて欲しかった我儘。善ければ差し出して欲しかったその右手。全て自分の思うがまま。少し前を歩く彼女が振り返り際に含み笑ったのを見るまでは。
ああ拾われた。
まあそれもいいか。
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