泣いていいよ。
強いあなたが好きだった。
項垂れたあたしの頭をその大きな手で撫で、温かい腕に包み込む。頼れるあなたが好きだった。
あたしの右手を優しく握り、少し前を歩くあなたの背中。逞しくて綺麗で、どうしてか遠く感じて。
繋いだあなたの左手を引っ張って、あなたより少し前を歩いた強がりなあたし。
だからかな、だから気付かなかった。あなたがこっそりと潜めた思いにも、気付きやしなかった。
振り返ればあなたは優しく笑う、顰めた顔の皺を伸ばして笑う。
その時、うまくあたしが笑い返せなかったのはそのせいだ。
「今日は前に行かないのか?」
冗談めかしたあなたの笑みにあたしはなんて間抜けな面をしていたのだろう。
目を見開いたあなたの反応がどんなに酷いのか物語っている。
「何、どうかした?」
あなたの投げ掛けた質問をあたしはそのまま返してやりたい気持ちだ。
どうかしたなんて、あなたがあたしに聞くのは全く持って間違っている。そういう状況をつくってしまった曖昧な自分にも腹が立つ。
「どうもしてない」
「…お前は百面相か」
苛立ったあたしの声に意味が分からないとあなたは笑った。その顔にあたしは自分の立場も矛盾も全て忘れ去る。
「笑ってなきゃいけないなんて誰が決めたの?」
誰が決めた事でもないのは分かるけど、あからさまなその笑顔。上手く笑えてないよって言えるわけないじゃない。
ふと顔を上げればあなたからあたしの嫌いな笑顔は消えていたけれど、今度はあたしが目を見開いた。
「‥‥ごめん」
「謝んなよ」
俯いたあたしの頭を撫でたあなたの手が微かに震えてたのが確かに伝わった。
ただ一言、一言を素直に吐き出せばよかったのに。それすらも恐れたあたしにあなたの何が分かるの。
それでも震えたあなたの手を握り締めて、噛み締めた唇を弛める事は出来る気がして。
泣いてもいいよ。
苦しかったのはあたしじゃない。痛かったのはあたしじゃない。
軋んだのはあなた。息を殺したのはあなた。消えそうなあなた。
「‥‥‥胸をお貸ししましょうか?」
「うるせぇ…」
見慣れない感情を剥き出したその時間を茶化す様に、誤魔化す様に。
あなたと1mmもずれないで、隣で確かめながら歩くの。
ちゃんと泣いてますか。
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