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涙の痕





雨がおちる

俺の頭から肩、全身に染み渡るようにおちてくる。
それでもどうしてか、頬の痕は消し去ってはくれないらしい。

とうに枯れたと思っていたそれは、形に無くともまだ俺の中で生きて居るらしく。
拭っても拭い切れなかったあの温かさと塩気が、頬に纏わりつく雨によって蘇ったようだ。



「おかえり」



玄関の前で佇むびしょ濡れの自分を目にして、さして驚くわけでもなく彼女はいつもの優しい笑顔を見せた。
激しい雨音に打たれて沈んで居た静かな脈拍が、少しずつ確かな鼓動に戻り始める。



「‥‥‥ただいま」

「おかえり」



アスファルトを打ち付ける五月蠅い程の雨音の中、小さく零れた自分の返事。
それを確かにするように彼女はまた繰り返し、微笑んだ。

彼女は手に持った白いハンカチを俺の頬に添えた。
一瞬、その白いハンカチを汚してしまうとたじろいだが直ぐにその必要はなくなる。



「あぁまた‥‥‥」



そう小さく呟きながら、彼女は白いハンカチでは無くその温かな掌で俺の頬を撫でた。
指先で何かを確かめるように撫でながら、少し悲しそうな目をして。



「あたし、頼りないかな」



彼女の言葉にまた俺はやってしまったのだと気付かされる。
拭っても拭い切れなかったあの温かさと塩気は、枯れたと思っていたのに。



「残ってる?」

「残ってる」



消えないらしい、
何度雨に打たれようと、幾つ月日が過ぎようと。



「ごめんね」

「なんでお前が謝るの」

「あたし頑張るから」

「っ‥‥ごめん」



ごめんね。
消えないらしい、この痕。

でも、癒す事は出来るよね。君も居るから。












あきゅろす。
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