ひらがな
「何笑ってんだよ」
頭を軽く小突かれて後を振り向けば、彼が手を動かせと言わんばかりの目であたしを見て居た。
長年住み慣れた我家からの引っ越しの真っ最中。
あたしは段ボールの前に座り込み、細かな荷物を整理して居るところだった。
「だってこれ」
「なんだよ」
机の引き出しの中にしまってあったそれは、だいぶ色褪せた青色の封筒。
その中に入っていた一通の手紙をあたしは彼に渡した。
「ふふ、全部ひらがなで書いてるの。可愛い」
見る見る茹蛸の様に耳を赤く染める彼を見つめながらあたしは笑いを堪えた。
手紙を持つ彼の手が微かに震え、驚きと照れが入り交じった何とも言えない表情を浮かべて居る。
「何年前のやつだよ…つかこんなもん残しとくな!」
「え〜、だって人生初めてのプロポーズだもん」
捨てに捨てられなくて、宝箱に閉まった記憶が鮮明に蘇って来る。
『ぼくと けっこん して ください』
微妙に“つ”が大きくて読むのに苦労した事とかは言わないでおこう。
完璧に茹蛸状態になってしまった彼を見て、なんだか得をした気分になった。
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