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紫煙の行方





「煙草、吸わないで」



紫煙塗れの俺の左手を、彼女は躊躇いも無く握る。

座り込む俺の頭上から仁王立ちで彼女は微笑み、もう一度同じ言葉を繰り返した。
その間俺は相変わらず無言で彼女を睨み付けるも、彼女は笑みを崩さずビクともしない。



「…っ、余計なお世話だ」



何時もの事だ。
何時も、結局俺が折れて彼女は満足そうに微笑むんだ。



「うん、ごめんね。それでも黙って見てられなくて」



なんで、謝るんだよ。
満足そうな笑みだって言うのに。



「煙草なんて絶対、身体に悪いんだから」



そんな事、分かってるから。
早くこの左手を開放してくれないか?

ジリジリと、灰が迫って来る。
ジリジリと、胸まで痛んで来る。



「‥‥‥とっとと放せ」

「じゃあ‥‥煙草の火を消して下さい」



パッと放れた彼女の右手。
意地悪そうに、悲しそうに放れた彼女の右手。

指先から糸の様に紫煙が俺の左手に続いてるのは、幻覚か、将又願望か。



「ホラ、灰が落ちる」



彼女の声に我に帰り、俺はジーパンのポケットから黒色の携帯灰皿を取り出す。
以前ポイ捨てを彼女に見られて無理やり持たされたヤツだ。



まだ半分以上残る煙草を灰皿に押し付けて蓋を閉める。
少々名残惜しいが、俺は即座に灰皿をポケットにしまった。

じゃないと、用心深い彼女が何時までたってもいなくならいなだろう?



「オラ、消したぜ」

「もう、その灰皿が何時になったら捨てられるの?」



そう言って、彼女は俺に背を向けて走り出した。
笑いながら、彼女は俺じゃない誰かの元へ走り出した。



何時になったら捨てられるかって?そりゃこっちが聞きたい。
何時になったら捨てられる?この灰皿も。思いも。





灰皿の入ったポケットとは逆のポケットから、グシャグシャになった箱を取り出す。
蓋を開ければ残り一本の萎れた煙草。

これで、これで終わりに出来れば良いのだが‥‥‥



去って行く彼女の右手の指先から、俺の左手に続く筈の紫煙。
それが薄くなって消えるのを、俺は新しい紫煙で繋ぎ止めようとしていた。



ああ、なんて情けない。
未練がましくて。

吸い掛の煙草が、灰皿の中で燃えているようじゃないか。













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