[携帯モード] [URL送信]
無邪気な笑顔





「え、違うよー」



彼女は自分の顔の前で右手を左右に振りながら、何時もの笑顔で否定した。
説得力もなければ、呆気にとられる返事で俺は言葉に詰まる。





『無邪気だね』



そう彼女に言った。

いつも無邪気であどけない彼女の笑みが好きだ。
当然褒め言葉の意味であって、褒められると何時も跳ねて喜ぶ彼女に否定された事に驚いた。





「無邪気の意味、知ってる?」



彼女は俺の目を凝視して、やはりいつもの笑顔で問い掛ける。

無邪気と言う言葉は良く使うけど、実際に意味を聞かれると分からない。
俺は彼女から目線を逸らさず首を左右に一回振った。



「あっさりしてること、あどけないこと。ホラ、あたしは違うよ」



ね、とでも付け足すように彼女は首を傾げた。



「しつこいし、かわいくない」



自分を必要以上に卑下する今日の彼女、それでも笑みは絶やさず変わらない。
そんな彼女が痛々しくて、この話から逃げ出したい自分が居た。

見ていられない感情、それ以上に焦れったい感情が渦巻く。



「俺が好きな笑顔が無邪気だった、それだけ」

「でも」

「けちつけんなよ」



少し睨みをきかせて、何も言わせないように彼女の唇に掌を軽くのせた。
まだ何か言いたそうな彼女の唇がモゴモゴと動く。



「貶すなら、お前でも許さない」



ふと、彼女が笑った。
唇を覆っているため本当に笑ったかは分からないけれど、それでもそんな気がした。

ゆっくり彼女の唇を覆っていた掌を降ろし、俺は彼女を見据えた。
今の彼女は笑っているわけでも無く無表情で―。





「何様のつもりよ」



そこには、いつもの彼女がいた。

紅を注した様に頬を赤く染めて、目を細め。
照れを隠しきれない気持ちを溢れさせ、無邪気に笑う彼女がいた。



「あたしはあたしのモノよ」



まだあんたにあげたつもりはないわ、と。
俺の好きな笑顔はあどけなさを振り撒いて、意味深な捨て台詞を残す。



いつかは、その全てを任せてくれるのだろうか。
せめてそれまでは、君が君であるように絶やさないで。

無邪気な笑顔。













あきゅろす。
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!