ねぇ。
彼女は何でも知っている。だから好きで愛しく、だから怖くて恐ろしい。
かぐや姫の話は幼少の頃からあまり好きではなかった。特に何処が嫌いだとかではなく、理由は本当に曖昧だ。少しばかり成長した今でもよく分からない。
誰かが無理強いして好きにさせようとしてた訳じゃないけど、好きにならなければいけないような圧迫的なものを幼少ながら感じていた。
教科書にかぐや姫の話、竹取物語を見つけてふと思いだし、俺は彼女にその事を話した。
「あんたは、かぐや姫が好きだったの?」
「や、だから嫌いだって」
「違う違う、月のお姫様が好きだったのか聞いてるのよ」
彼女の言う事が理解出来ても、彼女が問う意味が理解出来ない。
かぐや姫の話が嫌いなら主人公のかぐや姫も好きじゃないと言う意味と同じだと思うのに。
「きっと、あんたは月の遣いを翁達みたいな心境でみているのよ」
昔話に似つかわしくないエスパーな敵に戸惑いを隠せず、結局自分は何も出来ずに愛しい人を目の前で攫われるのだから。
しかも愛しい人はあっさりと、綺麗さっぱり翁達の事を忘れてしまう。
彼女の冷静且つ、馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの態度に俺は茫然とした。
「そうでしょう?」
彼女は問い掛けた、端から見れば俺に。けれど俺にはまるで自身に問い掛けているようにも受け取れた。
もしかしたら彼女も、かぐや姫をあまり好いてはいないらしい。
俺は、かぐや姫の話がハッピーエンドじゃない事に不満を覚えていたのか。彼女に言われて俺は稚拙な理由を肯定せずにはいられなかった。
そして彼女は、かぐや姫も、そんな俺に対しても怒りを抱いているのだろう。
「ねぇ‥‥‥」
「‥‥‥なに?」
どうしよう、次の言葉が出てこない。彼女の苛立ちを募らせるだけなのに。
眉間に皺を寄せて俺を睨む彼女を見て、口の中にわき出る唾を飲み込む。
「…ねっ、ねぇ!」
かぐや姫に焼餅焼いてるの?!
なんて言える筈もなく…聞ける筈もなく。眉間の皺をより深く刻ませて、また彼女の苛立ちを一層募らせた。
(つい先程、彼女はかぐや姫を嫌いになったのです)
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