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シャボン玉



小さな鈍い音をたてて呆気なく散ったそれをどう眼で追うのか。
到底理解出来ない術を君は持ち合わせていると、思わずにはいられない。そんな感じがした。

永く生きようと無理強いさせていると思うのは間違っている事なのか。良い事なのか。
兎に角、君を夢中にさせるそれは、不思議なモノでならなかった。

どうして君は、そればかり見詰めているの。


「楽しい?」

「…かなしい」

「‥‥‥ふーん」


誤魔化した。返す言葉が見つからないから、外方を向いて何事もなかったかのように頷いた。
曖昧な会話をさして気にするわけでもなく、君は浮游するシャボン玉をベランダに座り込んで見続ける。

何処からか飛んで来るそれはマンションの上の階に住む子供がベランダで遊んでいるのだろう。十分程前に不規則な大きさのシャボン玉が外を舞っているのを君は見付けた。
それからずっとベランダに座り込んで君は落ちて来るシャボン玉を見ている。とは言ってもすっかり弱り切ったシャボン玉は目の前に姿を現しては直ぐに消えていた。


部屋の中からその光景を見る俺には、君が楽しんでいるようには見えない。むしろ惜しんでいるようにすら見えた。だから余計に、君を夢中にさせるシャボン玉が不思議でならなかった。


「消えるのが悲しいの?」

「…違うよ、何も出来ない自分が悲しいんだよ。いつ消えるか分からない自分が悲しいんだよ」


やっぱり、最期をうまく見届ける事は君にも出来ないらしい。

耐え切れず疑問を投げ掛けて正解だった。シャボン玉も薄着の君にも真冬の寒風は容赦なく吹き付けている。
俺は冷えきった彼女の身体を抱き抱えて部屋に降ろし、ベランダの鍵をしめた。
振り返れば君は不服そうに俺を睨んで、心はまだベランダの外だ。


「部屋の中でも考える事はできるだろ」


せめて、手の届く範囲にあるもので悲しみたくはないから。
永く生きようと無理強いさせていると思うのがたとえ悪い事だと言われても。君に触る事が出来る限り、俺のエゴから生まれるお節介は止まらないだろう。


「お前も俺もシャボン玉じゃないんだから、気長に考えればいい」

「うん、でもやっぱりもう少しシャボン玉を」


見ていたいと、彼女はベランダの外を見詰めた。そんな彼女を尻目に俺はベランダの前に立ちはだかる。
漸く部屋に戻したと言うのにまた外に出したら元も子もないじゃないか。


「頼まれて買って来たケーキ、食べてもいいの?」

「それは駄目」

「お前がシャボン玉見てる間に食っちまおうかな」

「駄目だってばー」


シャボン玉のことを忘れたわけじゃなさそうだけど、台所に走って行った彼女を見て俺は大きな溜息を吐いた。
ああよかった、彼女の好きなケーキを買って来て置いて。哲学より食い気の方が似合ってる。


「今度はシャボン玉も買って来て置いてね」

「はいはい」

「シャボン玉みたいに消えないでね」

「‥‥‥お前もな」


なんだ、シャボン玉を見ながらそんな事を君は考えていたのか。
俺は馬鹿みたいじゃないか、実はシャボン玉に嫉妬していただなんて。羨ましく思っていただなんて。


「食べる?」


幸せそうにケーキを頬張りながら俺の前に座った君が、やたら可愛く見えたのもきっとシャボン玉のお陰。
(シャボン玉を見ていた時間は君が俺を思っていてくれた時間と、自惚れてもいいだろうか)







あきゅろす。
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