小さな芽生え
前を見た。前を見つめた。視界の端で何かが蠢く。
それが彼女だと知ったのは今から随分前の事だけれど。それがとても必要なモノだと気付くのは少し先の事だろう。
幼少の頃に約束した無謀な願いを、当たり前に果たす今を可哀相だと憐れんだ。君が俺に。
独り言が多いと言われた時に俺は酷く憤慨した。彼女はちゃんと相槌を打ってくるのに、それでも彼女は独り言だと言う。
ああそうか、俺の独り言に彼女がわざわざ合わせてくれたのか。そう気付いたのは最近の事。
「夕陽、綺麗だね」
彼女に言われて俯いた顔を上げれば、眩しく輝いた橙色の光が視界に溢れた。
眼を細めても瞼を透して焼き付くようなそれに、段々と息が苦しくなる。
眼を見開いて見れない。彼女のように綺麗だと紡げない。
「小さい頃にふたりで見た夕陽は、もっと綺麗だったよね」
彼女が微笑んだ気がした、覚えているかと疑われた気がした。
脳裏に浮かぶ片隅に追いやられていた記憶が俺を叱っては危険信号を鳴らす。
小さな心を弾ませて、小さな手と手を握って、小さな影を二つくっつけて夕方の街を走り抜けた。
橙色と朱色が混ざった温かな光に幼い顔を染めながら、ふたりで約束したんだ。
「一緒にいよう」
ずっと一緒にいよう。ふたりはずっと一緒だよ。
「覚えてたの?」
彼女が微笑んだ気がした、心外だと驚かれた気がした。
脳裏に浮かぶ片隅に追いやられていた記憶が俺を怒っては漸く気付いたかと囁く。
そうか、あの時の約束はまだ守られている。それはとても素晴らしい事じゃないか。
それを当たり前だと何時から勘違いしていのだろう。
彼女は何時も俺と一緒にいた。一緒に居てくれていたんだ。
「ありがとう」
彼女が微笑んだ気がした、気付いてくれたのと泣いた気がした。
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