砂の城
『知ってるか?こうやって水を掛けると頑丈になるんだぜ』
小さい頃に聞いたその声を反芻しながら、あたしはそれにじょうろで水を掛けた。水を被ったそれは徐々に色を変化させて、僅かながら身を縮こまらせる。
仕上げにペタペタと掌で叩いていたらふいに力が入り、掌から全体重がそれに食い込んだ。
「なんだそりゃ…」
今迄あたしの横で沈黙を守ってその行動を見ていた彼が呆れ返った声を零した。
馬鹿だと言いながらも砂の山に突っ込んだあたしの首根っこを掴んで立ち上がらせてくれる。
肘より少し上まで埋もれていた腕から砂を手荒に払い落とす彼の手をじっと見ていた。
大きな砂の山には突っ込んだ部分にポッカリと綺麗に穴が開いている。
「いい歳して砂遊びし始めたと思ったら…普通突っ込むか?」
呆れているのか怒っているのか、どちらにも取れる彼の表情。
それでも腕の砂を払う彼の手は優しかった。あたしよりもずっと大きな手はとても優しかった。
「お前は本当に不器用だな」
「…これでも頑張りました」
砂場の真ん中に佇む不格好な大きな山に見事に開いた穴を見て彼は鼻で笑った。
彼の言うとおり、何にしても不器用なあたしにしては頑張った方なのだ。ただ少し、気を抜いてしまった結果がもろに出てしまっただけなのだ。
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥あ」
無言のまま二人で砂の山を見ていれば突如彼はそれに向かって走り出した。
あたしが声を上げた時には既に彼はそれを踏み付けた後だった。
彼はそれに乗っかれば楽しそうに、何故だか憎しみすら感じる程に何回も何回も踏み付ける。
穴は開いてしまったけど一生懸命つくったそれの哀れな結末にあたしは呆然と立ち尽くした。
「…ふん、こんなもんか」
「‥‥‥」
暫くしてあたしの横に戻って来た彼は砂場を見るなり腰に手を当てて満足そうに言う。
こんなもんか、そう言われた砂の山は跡形も無く砂場の普通の砂に戻っていた。
なんだか無償に悲しくなる。
「っは、泣くなよ!」
気付けば涙腺が完全に緩んでるではないか。
無表情で頬を濡らすあたしを見て彼は大層驚いた様だ。余っ程、山を突然壊されたあたしの方が驚いたけどね。
「そんなに大事か」
「別に…」
「なら、またつくれば良いだろ。今度は俺も手伝うからさ」
小さい子を宥める様にあたしの頭をぐしゃぐしゃと撫でる彼の手はやっぱり優しくて。
濡れたあたしの頬を彼の袖で拭こうとした時は頭の中が真っ白になった。当たり前だけど、優しいのは手だけでは無いみたいだ。
「俺なら山なんかじゃなくて城をつくれるぞ」
所々腹立たしい台詞が聞こえるがそこは聞こえなかった事にしよう。
砂場に座り込んだ彼を見てあたしは消えてしまった山に対する虚しさをすっかり忘れていた。
「一人で山なんかつくるなよ、俺様がいるだろ」
なんだその自信過剰な発言は。それでもあたしは気付いてしまった。
成程、彼が山を壊した理由がそういう事だったのか。
「…もしかして山にヤキモチ妬いてたの?」
「‥‥‥」
「構ってもらえなくて寂しかったとか」
砂を触っていた彼の手がピタリと止まった様子にあたしは声を殺して笑った。
図星をつかれて彼の頬が見る見る赤く染まっていく。
「笑うな阿呆っ」
「怒んないでよ、二人で一緒にお城つくるんでしょ?」
自分の隣に座り込んだあたしを見て、再度彼は手を動かし始めた。
「知ってるか?こうやって水を掛けると頑丈になるんだぜ」
小さい頃に聞いたその言葉を、彼は少し低くなった声で繰り返した。
「なんだ、覚えてたの」
「生憎、頭の良い俺は記憶力もよくて」
馬鹿じゃないの、そう笑い飛ばそうと出掛けた言葉を飲み込んだ。どうせあたしの方が馬鹿だし。
むしろ今はなんだかとても嬉しい気持ちで一杯なのだ。説明しようが無いくらい、心が弾んでいる。
ああどうしよう、まさか覚えていただなんて。不覚じゃないか。
「その後、お前は先の俺みたいに踏み付けて壊したんだよな」
『壊れないやつなんてつくったら、ずっと二人でつくっていけなくなっちゃうよ』
「…その記憶、是非今直ぐ抹消して下さい」
ああどうしよう、まさかここまで覚えていただなんて。不覚じゃないか。一生の不覚だ。
二人で築いて行こう的なそんな爆弾発言、まるで
「俺はあのプロポーズにやられたんだ」
含み笑う彼の隣で、今度はあたしの頬が赤く染まっているのだろう。
そんな小さな頃の話なんてどうでもいいのだ。今は彼と二人で彼の言う城がつくれればそれで幸せなのだ!
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