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ノートの切れ端





後3時間で帰れる、そんな事を考えながら机に平伏して身体を縮こませた。首に巻いたカシミヤのマフラーに出来るだけ顔をうずめれば、その心地良さに眠気が誘う。
授業と授業の間の短い休み時間ですら教室のあちこちで喋り続ける女の子の声すら今はあまり気にならない程だ。

次の授業は睡眠で…なんて薄れゆく意識の中で思った時。身体半分を預けていた机から鼓膜が破れそうな騒音がバシンっと響いてきたではないか。
騒音の原因の机に耳がくっついていたせいもあるけど、それにしても五月蠅い。
一瞬だが教室の中が静まった。(直ぐに何事もなかったかのように喋りだしたが)

けれどあたしの眠気も半端ではない。それぐらいの事で飛び起きる事もなく、二、三拍してから頭だけを起こした。


「とろい!」

「‥‥‥‥」


眉間に触れるか触れないかの所を指で指され、元気のいい突っ込みにあたしは心の中で溜息を付く。元気はいいが毎度お馴染みの突っ込みにそろそろ飽きてきた頃だ。
あたしのいる机の前で仁王立ちする突っ込みをいれた彼が先程の騒音のそもそもの元凶だ。


「‥‥‥何」

「ツレなぁーい…つか身体ぐらい起こせ」


あからさまに不機嫌に聞いてやったつもりなのに彼は対して気に止める事もなく、むしろあたしの両肩を掴んで机から引き剥がした。
机に残る温めた自分の温もりが恋しいがまた一々彼に突っ込まれるのも鬱陶しいので泣く泣く我慢する。


「用がないなら帰れ」


いくら彼の元気に振り回されたって眠いものは眠い。眉間に皺を寄せて目を細めたあたしの顔は有り得ないほど不細工だったと思う。
それでもなかなか挫けない彼は前の席の椅子を180度回転させて座った。


「用がなきゃ駄目なのかよ…少しぐらい話し相手してくれたって」

「余所にして」

「他の女の子の所でも?」

「そうすれば?」


今度は彼が眉間に皺を寄せた。怒っている様な、悲しんでいる様な半々な表情。
ちょっと言い過ぎたかな…なんて思いながらも口を閉ざしてしまった彼を見ているしかなかった。


「妬かないの?」

「妬いて欲しいの?」


彼の問い掛けに問い掛けるあたしはなんてへそ曲がりなんだ。今日は眠気のせいもあり更に拍車が掛かっている。


「俺はお前と話がしたい訳でさ…妬いて欲しいって言えば欲しいけど他と話す気はないし」


ブツブツと語尾は消えそうなくらいの小さな声で、あたしより女の子らしい可愛い事を言う彼を思わず凝視する。
いっその事、性別を交換した方がいいのでは、なんて思ってしまった。


「眠いならしょうがないよな…うん、ごめん」


そう言って項垂れた頭を起こして彼は椅子から立ち上がり悄然とあたしに背を向けた。


「あぁ…これ」


何か思い出したのかゆっくりと振り返りあたしに右手を差し出す。何やらノートか何かの切れ端だろうか。それを受け取れば彼は教室から出て行った。

嵐の様に去って行った彼がいた椅子を見ながら、結局何がしたかったのだろうと思う。
鬱陶しいと思っていたのに、いざ居なくなるとなんだかこの空間にポカンとした消失感がうまれたよう。


(そう言えば)

手に持った切れ端を思いだして目を落とせば彼の字で何か綴られている。それは一行、簡潔に述べられていた。そして一瞬にして血の気が引いて行くのを感じた。
先程までの眠気も何処へやら、あたしは勢いよく立ち上がって彼が出て行った扉から教室を抜け出した。教室にいた数人が何事かと視線を向けていたが気にしている場合ではない。

彼はあたしの事をよく理解している。よく理解し過ぎていて空回りしている。
あたしが忘れっぽい事も、家族だろうが彼だろうが自分であろうが、誕生日だってよく忘れる。

『「生まれてきてくれてありがとう」そう言おう!』
彼の字の決意。切れ端が切れ端で終わらないように。


ああもう…眠気に負けた気のきかない女!なんて馬鹿な女!
廊下を駆けながら彼がいるであろう場所に向かうあたしに喝をいれる。きっと、しょんぼりと肩を落としているだろう彼の所に、少しでも素直なあたしが届けばいい。

切れ端を握り締めて、溢れる悪態を心の隅へと押しやった。














あきゅろす。
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