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時計兎逃避行







僕の手を擦り抜けて。
思い素振り。

夜空に消えて逝く。



『何卒、ユカナイデ』



嗚呼、変わらず
月は満ちては欠けて。

君は消えては僕のモノになる。



時計の針がまた一周
君はまた抱締め一蹴

鐘は叩いて砕く、
響いては抱く








「壊れたわ」


君の手に 動いては止まる針
不規則な音を立てる時計。

呟いた、その言葉が。
やけに君に不釣合。


「随分、古い時計」

「お祖父様の遺品よ」


尊そうに見つめる時計の正体。
まるですべてが止まる前奏。


「そんなに大事?」


僕は狡い。

分かりきってる事を。
君に知らしめる為に。



僕は弱い。





「大事。とても大切」


けれどね、
君はもっと突放す。


「‥‥直らないかな」


ジグザグの言葉。
そのまま逃避行。

きっと、君は承諾済。
僕はなんて馬鹿なのでしょう





此処で

実は寂しがり屋の君を
ぎゅっと抱締めたり。

優しい言葉を投げ掛けたり。



僕はそこまで、
器用じゃないから。

泣く事は出来ないけど。
眼は赤く腫らしてしまう。



「直らなくても、構わないわ」


君の、思ってもいない言葉。
望みの先の言葉。

だって だって
今。


「どう、して?」


首を傾げた僕に。
君は当たり前の様微笑む。


「針は止まっても、
お祖父様の時計に変わりはないわ」


例え大事でも。
大事だからこそ。

壊れても大事。

役目を果たせなくても。
大事、なの?


「それは…とけいだから」


我儘な僕の、素直さときたら。
どうしてこうも口が軽い。

頭に溜込む程、
余裕はある筈なのに。


「時計だから?」


再度、空気に消える形にして
僕は耳を塞いだ。

何時も君の声を聞き逃さない為の
大きな耳を塞いだ。



小心者の僕。
焦心する僕。

ごめんなさい ごめんなさい。



君の言葉一つで。
こんなにも思い悩んで。

想い、重い僕。



その時どうしてか、
鳴り響き続けた脳の中。

君の声じゃなかったけど。
君の『何か』が。


塞ぎ続けた僕の手を
ゆっくり解いてく。


「わっ…」

「耳、真っ赤」


思わず瞑っていた、
瞼を開けるとそこには君が。

少し苛ついた顔で。
それでも優しく微笑んで。


労る様、
赤くなった耳に接吻を落とす。


「大事よ。使い物にならなくても」


大切なのだと。
君は。

壊れても。
変わらず。

大事なのだと。
僕を抱締めるのだ。





泣く事は出来ないけど。
眼は赤く腫れてしまう。

肝心な言葉は何ひとつ出て来ないし。
気のきいた行動も思い付かない。



只管、君の裾を握締め。
この鼓動が届く距離。

君の壊れた時計が、
珍しく進む距離。

離さない様。
離れない様。





僕は。
ひとりで、

生きてはゆけなそう。









あきゅろす。
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