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月影隔離病棟





ベランダに駆込んで、
膝を抱えて。

月明りが丁度良い。
曇り始めた灰色夜空。



小刻みに震える指先とか
止める事も出来なく、思わず自分に嘲笑するのだ。

呆れるくらい泣いたって
止める事も出来なくて、声を押し殺し叫ぶのだ。





どんなに息を殺しても
白い形をつくっては消えて行く。

思わず手を口と鼻に手を押し当てて、あたしの証を消したくなる。



貴方を撫でた上辺さえ、
自分の声だと信じがたい。

如何して、だとか。

疑う後悔が取り巻く、
偽善振った強がりなあたしをぐしゃぐしゃに潰したい。





『  』





月影に混じるテノールボイス。

一枚の薄い壁を隔て、届く筈のない手が。
まるであたしの背中を撫でたようだ。





『オイ、何か言え』





顔を上げて声を出しても。
こんな夜では、声の主に見えないのだけれど。

顔を上げて、口を開けるのが。
怖いとしか言い様がなかった。





冷たく酸素を吸い込む度。
咽喉には大量の棘が刺さり。

貴方の声が途絶えたのが。
閑寂の恐怖。



物乞するにも。
肺は思う様機能してくれない。





『ぉ…おねがっ‥‥いかなっ、いー…で‥‥‥‥っ』





嗚呼。何て。
醜い声で単純明解。

残る筈も無いのに、
何時までも其処に跡を作る。



咳とも言えない嗚咽が、
咽喉を熱く通り過ぎ。

未だに上げられない顔を、
赤く染めているのだろう。



使えなくなった筈の心臓だって。
欝陶しいくらい激しく、鼓動を高鳴らせている。





ガタっ―‥‥





静かなベランダに不釣り合いな音が響いたその直後。
あたしを照らしていた月影が黒く染まる。





『俺が‥離れた時は無い』





隔てていた何かが、
壊れる音がした。



頭の上から降る先程のテノールボイスは。
少し掠れた嗄れ声。

どんなものよりも確証はないと疑った其が。
今は心臓の底まで抉る様。





『いい加減、ベランダに駆け込む癖を直せ』





呆れた様に。
けれど確かに震えたその小さな溜息は。

心臓の音に邪魔されつつも、
聢りととらえる事が出来た。





少し顔を上げると、
貴方の顔は逆光のせいでよく見る事は出来なかったけれど。

チラリと見えた唇を噛み締めた貴方の顔から。
逸らす事はおろか、瞬きすら惜しいと感じた。





『そのままだ』





不意に、まるで絶対的なその言葉は。
あたしの身体を支配したように、指の先まで伝わった。



息をするのが辛かった筈の肺だって。
今は息をする事さえ忘れているのだ。





『心臓を動かせ
  言葉を吐き出せ』





頭の中はフル回転。
今までにない衝撃と、痛さが走るから。

塞ぎ込む事さえ出来ない、
苦しさが熱を更に発する。





『気付け、馬鹿たれ』


『ばっ…!?』





目と鼻の先。

顔を上げて声を張り上げると
優しく微笑んだ貴方の顔が、

月が暈した灰色夜空が見えない程、視界に埋まった。





『眼を閉じてるのはお前だ』





少しきつめの口調に、
貴方の声は鋭く。

あたしはハッとする。



瞼を伏せる事を選んだあたしは
耳を塞ぐ事はどうしても出来なかった。





嗚呼。何て。
鈍い頭で単純明解。

逃げ切る事も出来ず、
焦燥感の狭間で独り足掻いて。



何処か助けを求めて。
何処か距離を拒んで。

独りじゃなかったから、
独りになる事を望んだ。





『いい子ちゃんは終わり』



それは。
偽善者の終わりを告げる。

貴方を撫でていた上辺とか、
貴方には全てお見通し。



知らしめられた気持ちが、
自分を更に弱く暴かすけれど。

貴方は其すらすっぽりと
包み込んでしまうから。





『本当は寒いし…本当は大好きだし、本当はっー…』





噎せ返る様に吐き出す言葉は、
貴方に聢かと伝わるだろうか。


白く形作っては消えて行く
あたしの吐息すら。

今は一秒でも長く、
そこに在って欲しいと思う。





『本当は…此所が好きじゃないの、寂しくなる…』





今迄のあたしを。
否定した今のあたしは。

きっと貴方が居るから。





あたしの頭を撫でる大きな掌が移動して、
背中にと移動する。

ふと見上げた視線は、
優しく微笑む貴方と絡む。





『‥‥ごめんなさい』





同時に
唇からその言葉が零れ落ち、

貴方に伝えたい気持ちが
蔦の様に心臓に絡まる。



悴んだ指先は感覚が無いくらい冷えきって、
それでも何とか貴方の背に回した手は激しく熱を流す。

ジンジン と。
鼓動とシンクロしながら。











あきゅろす。
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