竜ノ誓約者
二章:彼方より <1>
──ケシュの村。
自然に恵まれたバレスタでも特に恵まれているこの村に住んでいる者のほとんどが農作や牧畜を営んでいた。
そんな村の中を一人の少女が歩いていた。後ろの方は短く、横はそれより伸ばしてリボンと三つ編みにしてある亜麻色の髪を風に揺らし、数種類の野菜が入った籠を両手で抱えている。それら全ては農家である彼女の家で作られたものだ。
そして彼女の青い目が見ている先には、展望台として造られたやぐらがあり、少女は怒っているような、困っているような、そんな複雑な表情を浮かべながらやぐらへと向かって行く。
時々立ち止まってやぐらを見た後に、溜め息をつきながら。
展望台は景色を見渡す為に利用するものだが、明らかに利用法を間違っている──腕を枕にして居眠りをしている少年がいた。
彼はオリーブ色の癖っ毛の髪で頭には独特な模様が入ったバンダナを巻いており、閉じている両目の内左目の下には泣きぼくろがある。傍にはスケッチブックと鉛筆が置いてありスケッチブックには鳥の頭部や翼が描かれていた。
少年が寝返りを打った、その時だ。
「ヴァイスーーッ!!」
下から──地上から少女の大声が響いてきた。
その声に少年──ヴァイスはびっくりしたのか自分の青い目の瞼を勢い良く開けて飛び起きた。そして呆れたような表情を浮かべ頭を掻く。
「でっけぇ声出すなよ……」
そう呟くと渋々立ち上がりスケッチブックと鉛筆を手に持って地上へと下り始めた。
「何だよセーナ……」
「何やってんの、ヴァイス! 今日はお手伝いをするんでしょ!」
地上に足をつけたのとほぼ同時に少女──セーナはそう言い放った。
それを聞いたヴァイスは、あっ、と何かを思い出したようだ。
「……わりぃ。忘れてた」
それに対してヴァイスは軽く頭を下げ、小声で謝る。
「忘れてたって……もぉ〜! おばあちゃん怒ってたよ!」
「ゲッ……マジかよ」
「ほらほら、早く行かないと!」
セーナは両手で持っていた籠を少し苦労して片手と体で挟むようにして持ち直すと、空いた手でヴァイスの腕を掴んで行くよう促す為に引っ張った。が、ヴァイスは動かなかった。表情からは焦っているのがわかるが、それでも行きたくないらしい。
「なら、お前も来てくれよ! お前が居なかったらばーさんずっと喋り続けちまう」
「駄目。私これからタシギさんの所に行かなくちゃいけないの」
「タシギィ? そんな奴の所なんか後でもいいだろ」
「だーめ!」
どうも折れそうに無い。そう感じたヴァイスはしばらく考えた後溜め息をついた。
「……じゃあタシギんちの後で良いからよ、一緒にばーさんの所行こうぜ」
この通り、とヴァイスは手を合わせ頭も下げて必死に懇願した。
セーナは悩んだが、その態度に負けたらしく困ったような笑顔を浮かべた。
「……しょうがないなぁ」
「そうか! サンキュー、セーナ!」
顔を上げたヴァイスは満面の笑顔を浮かべていた。先程の焦っている顔はすっかり消えてしまっている。
「重そうだな、それ。持ってやるよ」
すっかりご機嫌になったヴァイスはセーナが持っていた籠を少々無理矢理に取ると、それを片手で持ちながら口笛を吹き、先に目的地へと歩いていった。
「……なんで違うのかなぁ」
セーナはそう呟くと小走りをしてヴァイスの横に並んだ。
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