竜ノ誓約者
<5>
「おっせぇぞ! 何やってたんだ!」
集合場所ではとっくに先輩の傭兵達は来ており、街の入り口で置いてきた筈のカカブポルクの荷車もあった。大きい木箱を両手に抱えて馬車に向かっていたハッシュから大目玉を食らってしまった。
レオナルドは謝りたかったが、走って来た為に息が上がり途切れ途切れにしか言えなかった。
「ったく普通は俺達より先に来るべきだろうが。新人なんだかッ──ら?」
「いーからあんさんは口の筋肉以外を動かしぃ」
ハッシュの言葉を止めたのは彼の頭を叩いたイワンの手だった。イワンは叩いた手とは逆の方にハッシュが持っているのと同じ形状の木箱を持っていた。
痛みで振り返ったハッシュはその原因がイワンだとわかると文句を言おうとしたがその前に
「怒ってばっかじゃ後輩に嫌われまっせ〜」
と、イワンに笑いながら言われたのでぶつぶつと文句言いながらも渋々作業に戻った。
イワンは手を振ってハッシュを見送るとレオナルドに笑顔を向けた。
「まぁ一回ぐらいの遅刻は見逃すわ〜。アーデスもちゃっかり依頼者とお喋りしてサボっておるしな」
イワンが親指で指した方向にはアーデスと見知らぬ男がいた。その男が今回の仕事を依頼した者らしい。
どうやら話しが盛り上がっているらしく、二人とも笑みを浮かべて楽しげに会話をしている。
わかったのはそれだけだ。会話の内容は──わからなかった。話しは聞こえるのだが、何を言っているのか全く理解する事が出来なかった。
自分の耳がおかしいのだろうかとレオナルドは心配し始めた。
「やっぱ“ジャハル族”同士ならハビサリ語使うんやな。言ってる事がちんぷんかんぷんや…」
困惑しているのに気づいたらしく、イワンが話しかけてきた。
「ジャハル族?」
「知らんのか? クトラの砂漠地帯に住んどる民族で、黒い髪とえんじの目が特徴なんや。んで今あいつらが喋っているのはハビサリ語っていうジャハル族の言葉な」
そう指摘され改めて二人を確認した。確かに二人とも黒髪とえんじの目だ。
「ジャハル族の商人……っちゅー事は、これの中身は〜…武器やな」
イワンはそう呟くと顎に手をあてて品定めするように持っている木箱をチラッと見た。
「武器……ですか」
「バレスタははっきりゆうて鍛冶は全然やからな。だから鍛冶の技術が優れたクトラと同盟組んで武器手に入れなぁ騎士団とか傭兵なんかはやっていけんのや」
「イワンさんって色んな事を知っているんですね」
今までのイワンの話しを聞いたレオナルドは率直な感想を述べた。
「まぁ年を取れば自然と身についていくからなぁ。レオも年を取れば色んな事知っていくで〜」
そう言ってイワンは笑って答えた。それにつられてレオナルドも笑う。
その時、荷車の方からハッシュが肩を怒らせてレオナルド達の所へとやってきた。そしてさっきの仕返しとばかりにイワンの頭を背後から思いっきり叩いた。
いたッ、と叫び声を上げてイワンは頭を抱え、木箱を落としそうになるがそれは持ちこたえた。イワンの突然の反応にレオナルドもびっくりした。
「二人して何サボってんだよッ!!」
ハッシュのその一喝にレオナルドは自分が何もしていない事に気づき慌てて頭を下げて謝った。一方イワンは頭をさすって痛みに堪えていたがその表情にはとてもではないが悪びれた様子は見られなかった。
「った〜……えぇやないか〜どうせあんさん一人でも準備は出来るや〜ん。こうして後輩とお喋りして仲良ぉなるのも大切やし、アーデスもサボってるし……」
「……アーデスは久々に故郷の奴と会ったんだからお咎めなしだ」
「えぇ〜ッ! ヒドいわぁ〜」
イワンは子供っぽく頬を膨らませて拗ね始めた。そんな様子を見たハッシュは溜め息をつくと荷車の方へ体を向けた。
「ほら、準備出来たからとっとと行くぞ」
「なんや、やっぱ一人で準備出来たんかいな」
「……お前らがサボってる間に出来たんだよ」
「それはおおきに〜。あ、レオ。アーデス呼んできてくれ〜」
荷車の方へ歩いて行ったハッシュにイワンも付いて行き、振り返ってレオナルドにそう命じた。それに返事をしたレオナルドはアーデスの所へ向かった。
アーデスはまだ依頼者と会話をしていたが、レオナルドが近づいてくる気配を感じたらしく呼ぶ前に会話を止めて顔を向けた。
「もう行くのか?」
「あ、はい」
今度はアーデスの言葉が理解出来たのでレオナルドは一安心した。流石に自分に対してはハビサリ語を喋らないとは思っていたが。
そしてアーデスは依頼者に今度はハビサリ語で別れを告げる。それに依頼者も答えると船の方に向かって行った。
「あれ? あの人は一緒に行かないんですか?」
「別の仕事が入っているそうだ。今回の仕事は王都へ武器を輸送……という事になる。……すまない、何も準備出来なかったな」
「いえ、俺もハッシュさんやイワンさんにやらしてしまったので……」
「“ハッシュだけ”じゃないのか?」
そう言ってアーデスは苦笑した。
そんな会話をしながら、二人は荷車へ向かった。荷車に全員が乗り込んだ事を確認するとカカブポルクは最初はゆっくりと、そしてだんだんとスピードを上げて進みだした。
目的地のバレスタの王都・フランネルへ。
運命の始まりへ。
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