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Novel
EXIT/10000キリリク♀ウル


この世界に、神はいないと思う。

何日、何ヶ月、何年と・・・
ただ外を眺めるだけの生活の中、俺はそう思うようになった。


俺の時間が止まったのは、中学1年生の頃。
突然息が苦しくなり、
元々喘息持ちだったため何気なく病院に行ったのが、
俺の普通の人間としての生活を終わらせるきっかけになった。


長い入院に疑問を抱き始めた頃には、もう高校生の歳になっていた。
月日が経つにつれ病室が奥へ、奥へと移動し、
二年前、病院の一番奥まった個人病室が、俺の定位置となった。


不治の病。
いつまで経っても退院できない事、
病室がナースステーションから一番遠い事から、
俺は自分の体の状態を悟った。

もう、俺に未来は無い。
友達との学校生活を夢見たあの頃は過ぎ去り、
俺は病室で二十歳を迎えた。


しかしこんな俺でも、ひとつだけ、いつまで経っても捨てきれない願いがあった。
俺なんかがこんな事を言うのは可笑しいかもしれないけど。
女としての魅力なんて無い俺だけれど。

お嫁さんに、なってみたかった。

病室に来る男性といえば、ベテランの医者くらいで。
同年代の男となんか会う機会さえ無い。
それでも俺は子供のように、その願いを抱き続けたのだった。


死を待つだけの部屋。
本当にその時が訪れた時には、俺は仮退院になる。

この病院では、不治の病で死ぬ者には直前に仮退院を与え、
今まで帰れなかった家で最後に家族との時間を過ごすシステムになっている。
自宅で死ぬか病室で死ぬか選べという意味も含まれているかもしれない。

しかし、家族がいない俺には、
ただ空っぽの部屋が待っているだけの俺にとっては、
そんなものはなんの意味も持たないのだった。

仮退院の許可が出ても、病室に留まると決めていた。
虚しくなる、だけだから・・・


でも。
出口の見えない、いや、最初から出口なんて存在しない暗闇の中、
俺は小さな一筋の光を見た。

ある、晴れた夏の日のことだった。




今日もいい天気だ。
窓から見える学校で、中学生が体育をしているのを何となしに見ていた。

暑そうだ。皆顔を真っ赤にしながら夢中で走っている。
それでも体が弱くて運動なんてできなかった俺にとっては羨ましい。
中学生を見ていると、なんだか喉が渇いてきた。

ベッドの下にある小さな冷蔵庫を開けると、
コーヒー牛乳が一本。

お茶が飲みたかったので買いに行こうと、俺は点滴台を持って立ち上がった。
点滴台をガラガラと引きずりながら、スリッパを鳴らしながら出口へ。
スライド式のドアを開けた時、



体に、大きな衝撃が。



訳も分からないまま俺はなすすべなく、点滴台もろとも、

ガシャーーーーーン


ひっくり返った。


「大丈夫ですか!?」

「ウルキオラさん!怪我は!?」

看護士がバタバタと駆け寄って来るのが分かる。
呆然とする俺。見えるのは天井。
天井・・・・・・

空・・・?


「やっちまったぁ・・・おい、大丈夫かよ」

空だと思ったのは、青年の髪だった。
目の前に現れた青空の色・・・

運命の出会いというものが本当にあるとは、
この瞬間まで、思ってもみなかったのだ。




「悪かったな、これ慰謝料だ」

ほれ、と手渡されたジュース2本。
わざわざ出て行かずに済んだからちょうど良かった。

その青年にご丁寧に抱えてもらって無事ベッドに戻る事ができた俺。
青年をまじまじと見ていると、
不良のようではあるが綺麗な顔をしているのが分かった。

喧嘩・・・かなにかだろう、両頬にガーゼを貼り付けて、
左腕は骨折している。
高校生ぐらいか。それにしても派手な髪色だ。

「・・・随分、長くいるみたいだな・・・お前」

年上にお前呼ばわりか・・・いや、俺が20過ぎてるなんて思ってないんだろうな。
成長してない俺はいつまでも中学生のまま・・・
もともと童顔だから成人してるとは思われないのだ。


俺は青年の言葉には返事せずに、ただ黙っていた。
気分を悪くするような事はせず、青年はキョトンとしていた。


「・・・じゃあ、俺、検査だから」

青年は気まずそうに頭を掻いて、俺の病室から出て行こうと背を向けた。

「あ、待って・・・」

「?」

俺は青年を何故か、呼び止めていた。
不思議そうな顔で振り向く青年。

「あ、・・・いや」

なんでもない、と続けると、おかしな奴、と呟いて今度こそ出て行った。

だって・・・
男の子が病室に来たのなんて、初めてだったから・・・。




青年は、次の日から俺の病室に訪れるようになった。
翌日いきなり部屋に入って来た時にはかなり驚いたが、
まさかもう一度会えるなんて思ってもみなかったから・・・新鮮な気持ちになった。

青年は、グリムジョーといった。

最初はちょっと話して出て行く程度だったグリムジョーも、
最近は朝食の後から消灯時間まで、一日の殆どを俺の部屋で過ごすようになった。

何故か分からないのだが・・・毎日が夢のようだった。


「ウルキオラぁ、お前いー加減そのそっけない態度、やめろよな」

「・・・」

歳の近い異性と話すのは初めてで、どうすればいいのか分からなくて。
グリムジョーは年下のくせに馴れ馴れしく話しかけてくるし。

たまにしか返事を返さない俺。
それでも毎日傍にいてくれるグリムジョー。

いつしか、俺はグリムジョーに少しずつ惹かれていった。



「ウルキオラ、お前ってほんと骨みてぇで可愛げねぇな」

「・・・お前は、そんなのは嫌いなのか」

「まぁ・・・肉はあったほうがいいな」

「・・・」

「それに、態度も悪いし面白くねぇし、ほんと可愛くねぇ」

「・・・・・・」


手の中にある、スープの入ったカップ。
スープの水面に映る俺が俺を見ていた。ひどく情けない顔だった。


「俺なんかじゃ・・・誰もお嫁に貰ってくれないか?」

「は?」

「なんでもない・・・」


俺は窓の外を見て黙った。
窓に映った俺の後ろで、グリムジョーが俺を見ている。




「・・・・・・まぁ、お前なんか嫁にもらってやれるの、俺ぐらいだな」

「・・・・・・ぇ・・・?」

「なんてな!冗談だっつの、冗談!!」


頬を染めて目を逸らすグリムジョー。
言葉の意味を理解すると、俺は思わず微笑んだ。

「何もかも可愛くなくても、死ぬほど綺麗だからなっ、お前は」

「なんだそれは」


お嫁にもらってやれるという言葉。
冗談でも、俺は本当に嬉しかったんだ・・・


グリムジョーが俺の事を好いてくれている事は解っていた。
グリムジョーも俺の気持ちに気づいていると思う。
だけどお互い、それを口にする事は無かった。
それでいいと思った。


それはある、夏の終わりの夕方だった。


グリムジョーが退院して二週間が経ち、
退院した後も見舞いに来続けてくれていた。

未だに夢の中のように感じるふわふわとした日々。
グリムジョーは不思議な力を持っているように思う。

看護士達も一番奥のこの病室が、
こんなに優しい雰囲気になっていることに驚いていた。


グリムジョーといつも通り他愛のない話をしていると、
病室のドアが静かにノックされた。

看護士が入ってくる。点滴の交換の時間には少し早いが。


「ウルキオラさん、仮退院の許可が出ました」






予想外だった。


どうしてか、いつその時が来てもおかしくない筈なのに。
俺はひどく驚いていた。
その時はもう来ないかもしれないといつの間にか錯覚していた。

部屋がしんと静まり返り、
全てを話しているグリムジョーは動揺している。


『あなたは死にますよ』と言われたようなものだ。
「そうですか・・・」と返す事しかできなかった。



どうされるかご自分で決めて下さいね、と言い残し看護士が部屋を出る。
どうするかなんて。どうするかなんてそんなの・・・

黙っていたグリムジョーが口を開いた。


「なぁウルキオラ・・・」

「なんだ?」

「本当に、お嫁さんになりたいか?」

「え?」

本当にお嫁さんになりたいか?俺は・・・・・・
こんな俺でも、望みがあるなら・・・


「じゃあ・・・してやるよ、お嫁さんに」

「お嫁さんに・・・どうやって?」

「仮退院の間・・・俺のお嫁さんになって」

「・・・・・・!」


それは、まだ高校生の青年からの小さなプロポーズだった。

それは高価なリングを差し出されながらの、
ロマンチックな言葉とは掛け離れた、
それはお粗末なものだったけれど。

病室の中ひたすら夢見続けた俺には、
今まで貰ったどんな言葉よりも美しく響いた。

ああ・・・。

俺の夢が。
俺の夢が現実になるなんて。


グリムジョーが、俺の痩せた体を思い切り抱き締めた。
そうすることしかできないんだと言った。
いいんだ、これで。もう充分・・・




「ウルキオラさん・・・仮退院、どうされますか?」

「はい・・・手続き、お願いします」

「え!?」

数日後、看護士からの言いづらそうな問いに答える時は、
少し笑みが零れた。

今まで散々「仮退院はしない」と言い張ってきたから恥ずかしくて。


これまで俺の部屋で過ごした誰もが絶望した「仮退院」。
俺はその死の宣告に絶望することは、なかった。



グリムジョーは男子校の生徒で、家は寮である。
数枚の下着だけの少ない荷物と一緒に、俺は嫁入りを果たした。

もちろん寮に女が入る事は許されていないから、
むやみに外に出る事は出来なかった。

ただ、寮長とグリムジョーが仲が良いらしく、
秘密で俺を住まわせられるよう頼んだのだという。


掃除に洗濯、食事の支度・・・
何も経験の無い俺は嫁らしい事をすることはできなかった。
だけど何かしてあげたくて、グリムジョーが学校にいる間には、
部屋を片付けたり服をたたんだりして待っていた。

そうするとグリムジョーはいつも抱き締めながらお礼を言ってくれた。



「ただいまー」

「おかえり、グリムジョー」

「ウルぅ、超疲れた!会いたかったぜぇ」

「ガキか」


グリムジョーが帰ってくるとさっそく抱擁される。
ここに来て一週間、恒例となっていた。

こうやって玄関で迎えるような小さなことでも、
お嫁さんになった気分で嬉しかった。
ここで最期を迎えられるなら・・・悔いは無い。


「あのな、今日はディ・ロイの奴が・・・」

学校であった事を話すグリムジョーに耳を傾ける夕飯。
俺は聞き上手ではないから、「そうか」「良かったな」と相槌を打つことしかできないが。
グリムジョーがどんな生活をしているのかと想像しながら聞くのは楽しい。
グリムジョーも親子関係が色々あったみたいで、
こういう風に誰かと食事しながら話す事は無かったから嬉しいと言っていた。




グリムジョーと同棲を始めて、一ヶ月。
ある休みの日、グリムジョーの部屋で二人ゆっくりとした時間を過ごしていた。

心なしか。
グリムジョーはさっきからそわそわとしていて落ち着かない。
何か言いたい事があるなら言えばいいのに、と思っていた矢先、
やっと口を開くグリムジョー。


「な、なぁウルキオラ」

「なんだ?」

「ちょっと、見せたい物があんだけどよ」

「?」

部屋の奥に行き、通学用の鞄から何やら用紙を取り出してくる。
昨日学校の帰りにもらってきたんだけど・・・と頭を掻きながら、



見せられたのは、結婚届。


「・・・これ・・・」

「形だけ・・・だけどな。お前喜ぶかな、と思って」

「・・・・・・」

「女々しいか?」

「・・・嬉しい・・・いいのか?婚約してしまって」

「当たり前だろ」

本当に婚約してくれるなんて思わなかった。
俺の事を本気で考えてくれるグリムジョーの気持ちがただ嬉しかった。



「ウルキオラ、ここにサインだ」

「どこだ?」

「ここだ、ここ」


入退院や手術の証明書で書き慣れたサイン。
こんな幸せな事に使うとは思わなかった。

婚姻届は形だけだけど、
俺をこんなにも愛してくれる人がいるんだと思うと・・・


「・・・ウルキオラ?」

名前を書き終わった途端に、
急に腰の筋肉の感覚が消えた。
重力に従ってカーペットの上に倒れた俺。


「おい、どうした!?」

グリムジョーが抱き起こしてくれたが、
既に感覚は消えていた。
グリムジョーの暖かさを皮膚で感じる事ができなくなっていた。


そうか・・・
もう、時間切れなんだな。

「しっかりしろ、病院に電話するから・・・」

「いい・・・病院に行っても、もう駄目だ」


病院はもう嫌だ。

「グリムジョーが・・・グリムジョーがいい・・・」

「ウルキオラ・・・」


ここがいい。
グリムジョーの腕の中がいい。
俺の命が消えるのをお前だけに見届けてほしい。






空だ。


俺の頭上にはあの時と同じ眩しい空がある。



「・・・なんで泣いてる・・・?」

「だって・・・ウルキオラ・・・」

グリムジョーの目から涙がぽろぽろ、落ちてきた。

青いままの空から雨が降ってくるようで・・・綺麗。


「いくら分かってても・・・やっぱり無理だな。
なんでお前がって思っちまう・・・」

「俺の運命がこうじゃ無かったなら・・・お前に出会えなかっただろう?
だから今・・・俺はすごくすごく・・・嬉しいんだ・・・」

「ウルキオラ・・・ウル・・・」

「だけど・・・もう少しだけお前との時間があれば良かった・・・
まだ、一緒に居足りないな・・・」

「俺も・・・」


足の先から、死が這い上がってきた。
腹から胸へと感覚を失っていく。
死は静かだ。

「ウルキオラ・・・何年後になるかわかんねぇけど・・・
必ず会いに行くからな」

「なら・・・ずっと待ってる」



ふと、思いついた。

「そうだ、グリムジョー・・・あの婚約届、出さずにいてくれないか」

「なんでだよ・・・」

「俺にくれないか・・・あれ・・・持って行きたいんだ・・・
お前はいつか・・・他の人と・・・死なない保証のある人と結婚しろ」

「ウルキオラ・・・っ」



俺の脳内に思い出が溢れてきた。



そのすべてに、

グリムジョーが映っている。



ああこんなにも

愛してるなんて。



好きになれなかった世界にグリムジョーがいるだけで・・・
世界から消えるのがこんなにも惜しい。



「さよ、なら・・・」








「・・・じゃあな、ウルキオラ」


眩しい空を背景に、
俺の指に銀色のリングが嵌められるのが・・・

最後に見た景色だった。



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大変大変お待たせ致しました、10000キリリクでした!!
ショコラ様、遅くなった事心よりお詫び申し上げます。

皆さんに一万回も訪問して頂き、リクエストして下さる方がいて、
あぱるとへいとは本当に幸せなサイトなんじゃないかな、と思います。

「新婚or家族パロでシリアス⇒ハピエン」との素敵なリクエストを頂いたのですが、
正直、今までで一番テーマ決めに苦戦しました。
まだまだ修行が足りませぬ(-公-、)

シリアス⇒ハピエンに持って行く際に、よりリアル感を出そうと思うと、
前置きからメインの話まで文章数を稼ぎすぎてどうしても会話文の少ない作品に・・・。
ウルをにょたにしたのですが文字数の関係で妊娠まで届かず!!←最低
ショコラ様申し訳ありません!!
ショコラ様すごい優しい方なんでもしかしたら許してくれr(ry

そしてシリアス展開を思いつかない私はまた書き易い病院モノに逃げました(´,_ゝ`)
仮退院⇒同棲という無理矢理新婚と結びつけるという素人臭さ。
短編でシリアスハピエンはやはり私には難しいものだと思い知らされました。
リクエストとは程遠い文章になったと自覚してます。
管理人の力不足故・・・精進いたします(*´`*)=3


それではショコラ様、リクエストありがとうございました!!(*^ワ^*)
これからも管理人とあぱるとへいとをよろしくお願いします!!

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あきゅろす。
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