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思い出を残そう


「よしっこの辺で写真撮るか。三人共ならべ〜」


現在、お馴染みのマスターさん一家は家であるマンションを遠く離れ、とある観光地へ来ていました。普段なら旅費やら運賃やらの問題でなかなか行けないだろうこの場所に来れた発端は、デパートで行われていたガラガラ抽選の一等を見事カイトが当てたことだった。
やっぱり日頃の行いが良いと神様も良いことしてくれるんだね!と遠回しにマスターを馬鹿にしたレンが見下した相手にむにゃむにゃなことでお仕置きを受けるなど色々あったが、とにかく。漸く休みの目処が立ったマスターを先頭に一家は一等である一泊二日の旅行券(四名まで可)を存分に満喫するべく旅先に来ていた。
観光に有名な場所だけあって景色は良いし、食べ物も豊富。目の前にはガイドブックにも載っている建造物が現物としてそこにある。まさに記念撮影にはうってつけの場所。


「…ってマスター!そんな近くで撮ったら景色が映らないじゃん!!」

「景色より可愛いレンちゃんと綺麗なカイちゃんとイケメンのがくちゃんが映ってるから問題なし♪」

「大いにありだよ!!!」


…失礼。このマスターにとって美しい景色や風格ある建物を撮るより旅先という面目で外出着に着替えている我が家のボカロちゃん達を記念に残す方が先決みたいです。
いつもより短めのショーパンにハイソックスを履いたレンの足が眩しいとか、寒くなると思って着てきた長袖の上着を案の定暑くなったため腰巻きにしているカイトのウエストの細さだとか、普段はポニーテールに結ってる藤色の髪を今日は頭の上でお団子に纏め、丸見えになっているがくぽのうなじがエロいとか。旅先でもそんなことしか考えていない白のシャツに黒のベスト、ダメージジーンズを履いた見た目だけはカッコいいマスターがいた。









「―――あ、あの…マスター、」

「ん〜?なに、カイちゃん?」

「お、お団子食べてるとこ撮らないで下さい…」


時刻は既に三時を回ろうとしている頃。来てから一度も休憩を取ってなかったため、程なく疲れて来た身体を休めるべく訪れた休憩所にて名物だというお団子を頂こうとしたカイト。
が、口に入れる直前。何やら不穏な視線を感じて振り向いてみれば、隣に腰掛け間近でカメラを構えるマスターの姿があったのだ。途端に恥ずかしがり屋であるカイトは耳まで顔を赤に染める。
マスターはお団子を食べているカイトの姿を、まぁ純粋な気持ちでかはさておき撮ろうとしているだけなのだが、これでは口を大きく開けるのが恥ずかしくなってしまうというもの。かと言って小さく咀嚼すればお団子にたっぷり掛かった甘ダレが口の周りにべったりついてしまうのが目に見えており、それを意中の相手に見せるのも恥ずかしいカイトは解決策が見つからず、どうすれば良いのかとオロオロしている。
そんなカイトの姿は同じく休んでいた他の観光客達をも微笑ましくさせる程に可愛らしく。マスターがデレデレとだらしなく口元を緩ませるのも納得だった。


「カイ兄ちゃん!俺もお団子買った…ってマスタぁぁあー!!!」


そこへありがたいことにレンが登場。カイトが食べようとしているお団子と同じものを抱えた彼は兄の元へ来るなり至近距離でカメラを構える、知らない人が見たら不審者にしか見えないマスターへ喝を入れる。
スパーン!と良い音を立てて手刀を入れると日々の修行により少し力をつけたお陰かそのままマスターは床に撃沈。頭を押さえて唸っている姿は随分情けないものだ。


「ぇ、えぇ!?レンやりすぎ…」

「カイ兄ちゃんもう大丈夫!一緒にお団子食べよ!」

「ぁ…、うん?」

「がく兄ちゃんこっちー!カイ兄ちゃんを挟んで食べようよぉー!」

「うむ、よいぞ」


―――よぉーしカイ兄ちゃんの両隣を占領しちゃえばマスターも至近距離での撮影を諦めるだろ。どうせ兄ちゃんが何かをくわえる姿を撮りたかっただけだろうし。十中八九間違っていないマスターのマニアックなセクハラ対策を完璧に施したレンは主を沈めたことで慌てているカイトを余所に、お団子を買って自分達を探していた弟を呼ぶとピタッと左側を確保。同じくがくぽがカイトの右側に座ったのを確認するとやれやれと安堵の息をついた。
が、回復したマスターは次の瞬間。大胆にもカイトの前に周り正面から撮影しようとしたのだ。仕方ないので蹴飛ばしてやった。靴で。


「もぉ〜レンちゃん、今日は何かと突っ掛かってくるなぁ…」

「マスターが突っ掛からずにいられない行動に出るからでしょ」

「そんなことないだろ?あ、カイちゃ〜ん!」

「何ですか、マスター」

「俺さっき気付いたんだが観光地のトイレの個室の中ってのもなかなかイイと思う」

「どの口がそんなことないって言った!!!」


カイトの手を引いて休憩所にあるトイレに向かおうとしたマスターを再び蹴り飛ばす。至極丁寧に『トイレの個室』まで言った時点でどういう意味か悟ったレンが冗談じゃない怒鳴った。カイトもカイトで理解したらしく。けれどもレンとは違って顔を真っ赤にしてピタリと固まってしまいこのままでは確実に連れ込まれていただろう。
…何だか今日のマスターはカメラもセクハラも兄ちゃんにばかり向ける。思えばこの旅行はカイトがガラガラ抽選の一等を見事当てたために実現したものだった。
マスターからしてみれば家族旅行をプレゼントしてくれたカイトへのお礼のつもりなのだろう。が、マスターのお礼が世間一般である『普通』のお礼であるはずがなく。セクハラがスキンシップや愛情表現になっている彼はいつも以上にカイトを可愛がろうとし、それが常人から見ればセクハラ以外の何物でもないという悲しい現実だ。
しかし。悲しくともセクハラはセクハラ。このまま野放しにすればカイトは間違いなく開放感ある旅行先にて別のところを開放され、家族全員に介抱されるという最悪の旅行になってしまう。ダジャレではなく真剣に。


(俺がカイ兄ちゃんを守らなくちゃ!!!)


いつも以上に胸に誓った兄のボディーガード魂にレンは己の闘志の全てを燃やすことを決意したのだった―――。






そんなドタバタも交えた観光を終えると太陽は良い感じに沈んできて…。こういう場所の夕日は景色の美しさも合わさってとても綺麗だ。暫し眺め、そろそろホテルに向かおうと駅の方向へ踵を返す。
駅に着く頃には星がチラチラ確認できる程暗くなり、コインロッカーに預けていた荷物を手にホームに出ると「夕日綺麗だったねぇ〜」と先程見た美しい茜色に思いを寄せた。
十分後、電車が到着。この電車に三駅揺られれば本日泊まるホテルの最寄り駅に着く。歩いて五分らしいホテルは疲れた身体にはとても優しく、何となく息を吐いたカイトを見ると相当疲れているのが手に取るように分かった。


「カイちゃん、電車は揺れるからな。俺がカイちゃんのおしり…いや、ふともも…いやいや、腰を掴んで支えてあげ」

「マスター、直ぐ後ろ振り返ってみなよ四人分席空いてるよ」


そんな疲弊した身体に公認痴漢をしようとしたマスター。疲れているのが分からんのかとレンは場所が場所なため言葉と冷めた目でそれを撃退する。
渋々席についたのを確認するとカイトも席に付こうとし…が、先程の公認痴漢発言に少々警戒したようで、マスターの隣ながらも少し離れた位置に着席した。その間にレンがどっかりと座る。


「ありゃ?レンちゃんてばそんなに俺の隣に座りたかったの??もぅ、可愛いな」

「ねぇねぇ兄ちゃん!明日はお土産買いに行くんだよね?リンのお土産は俺が選んでも良い?」

「…レンちゃぁ〜ん?」

「うん。レンが選んであげたらリンちゃん喜ぶと思うよ」

「やったー!ぁ。あとカイ兄ちゃんのお土産も俺が選びたい!」

「え?僕のは良いよ。自分用のお土産買って?」

「俺の?ん〜…此処って有名なアイスあるかなぁ〜」

「こら、レンっ」


カイトにがっちり抱きつきながら電車でたまに見掛けるバカップルのような会話をし出した二人にマスターの入る余地などなく。最寄り駅に着くまでマスターは隣にあった手すりと仲良しこよしをする羽目になったという。





――そしてホテル到着。


「……あ。俺トイレしたくなってきた。行ってきまー」

「行かせないよ!!!」

「イヤイヤマジヤバインデ行カセテ下サイ」

「そんな片言で騙せるとでも思ってんの!?」


部屋で夕飯を済ませたレンとマスターがトイレについて攻防しているワケ。正確にはトイレの隣にカーテン一枚で隔てられているエデン……基、お風呂への攻防だ。ホテルに備わっているお風呂といえば、大抵がトイレとセット。浴槽の中にカーテンを入れて入るのが殆どで、今回泊まるホテルもその仕様だった。
で、問題は今現在お風呂を使っている人物。そう。本日マスターのターゲットにされているカイトである。


「どうせカイ兄ちゃんの裸見たいだけでしょ!?」

「誤解だって!トイレに行くと見せ掛けてカーテン開けるなんて流石にカイトが可哀想だろ!?」

「!マスター…」

「だからカーテン越しにカイちゃんのお肌に触って濡れた布が身体に張り付いて色んな所がくっきり!あわよくば透けちゃうなんてグヘへみたいな!!」

「うん、絶対そこから動かないでね。一ミリでも動いたら殴る」


一瞬気を許しかけたが真の目的を知れば一瞬たりとも気が抜けなくなった。お風呂へ続く扉を背にレンは仁王立ちで構え、右手の拳を開いた左手にパンパンと何度か打ち付け拳の状態を確認してからマスターを眼光鋭く睨み付ける。
大好きな兄を守るためならこの身を鬼にだって変えよう…それを体現したかのような迫力にマスターは少し青ざめた。後ろでがくぽが楽しそうに笑っているのが逆に凄い。


コンコン…

「ごめんレン、シャンプー持ってくるの忘れちゃった…持って来てもらっても良い?」

「ん、分かったー!」


扉が軽くノックされ、中にいるカイトに用件を聞いたレンは素早くシャンプーを取りに行き、器用にマスターを威嚇しながらお風呂に向かうと、もう一度目線で脅し……パタンと扉を閉めた。
漸く解放された鋭い目からマスターがぐったりとベッドへ倒れ込む。


「はぁ〜…何だか旅行来てもいつもとあまり変わんないなぁ〜」


それはあんたがセクハラしてレンに蹴られるせいだと突っ込める者はいなく、同じく部屋にいたがくぽが「そうですか?」とマスターの隣に腰掛けた。


「我は初めての旅行だった故とても新鮮でしたが…」

「あーそりゃ初めての旅行だったら……ぇ、」


がくぽから笑顔で発せられた言葉にマスターが暫し思考を巡らせ……ガバッと起き上がったのは十秒後。


「ああああぁぁぁあああ!!!!そうだがくぽは来たばっかりだから今回が初めての旅行だったんだぁぁああーーー!!!」

「煩いよマスター!!何事!?」


同じタイミングで戻って来たレンがマスターのあまりの声量に耳を塞ぐ。しかしそんなレンには答えず、マスターは頻りにベッドの布団をボスボスと叩いていて。


「そうだ、カイトを可愛がることに夢中で忘れてたけど、がくぽは今日が初めての旅行だったんだぁぁあああ!!!」

「ぇ、そうなのがく兄ちゃん?」

「うむ、そうだが?」


これはマスターに取って大失態。というのも基本的に親バカなマスターは自分のボカロ達が初めて挑戦したことや行動したことにひどく感動するようで、記念にと何でも写真や動画に納める傾向があるのだ。実際レンも、初めて旅行に行った時はマスターに必要以上に写真を撮られ、ビデオカメラで始終追いかけ回されたもの。カイトは初めて購入したVOCALOIDで今程愛着が湧いてなかったせいか、初めて行った旅行先の写真はレンより少なく。そのことをマスターはものすごく嘆いていたが、それでもきちんとカメラには納めていた。
なのに初めての旅行でがくぽを撮っていない。マスターが未練がましく愛用のデジタルカメラの画像を何度も確認するが、撮ってないものは撮っていない。がくぽが写っているのは三人一緒の写真ばかりで、しかも指で数えられるくらいだ。


「旅行…がくちゃんの初めての旅行…少なかったカイちゃんの旅行写真の元手は取れたけど…がくちゃんの初めての旅行が…」

「主殿?」

「本っっっ当にすまなかったがくぽ!!明日帰るまでに沢山写真撮ってやるからなぁぁああ!!!」


目を潤ませるくらいショックだったらしいマスターはまるで自分に言い聞かせるようにそう宣言するとがくぽを抱き締めあやすように背中を叩き出した。しかし、がくぽは頭に?を浮かべるだけで状況が判断出来ていないし、何よりマスターの方が泣きべそかいてるため何だか変な光景になっている。
だがこれでやっと、カイトへのセクハラは断念されるだろう。マスターには悪いが漸く本当の意味で安堵の息を吐けたレンはガチャと音を立ててお風呂から上がって来たカイトの「どうしたの?」という疑問に答えるべく訳を話した。

それからマスターはホテルで寛ぐがくぽの姿をここぞとばかりにカメラに納め、「今日は徹夜する!!!」と始終寝てる姿まで撮ると言い出したのを何とか三人で説得し、子守唄を歌って寝かしつけたのだった。



end.
13500キリ番を踏んで下さったごん様からのリクエストで『マスレンカイ+がくぽで旅行話』です。兄弟のCPはカイレン前提のレンカイとのことだったので、いつもよりレン君を男前に書いてみました。
リクエスト、ありがとうございました!


20111004


あきゅろす。
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