途絶えた心A
「――成る程。お前が新しく来ると聞いてた担当の先生だったのか」
あのあと事情を話し、私は何とか目的地であるカオル君の家へと無事辿り着いた。
迷った私を偶然見つけてくれたのが探していた人物なんて、我ながら運のよさに感心してしまう。
「俺は大丈夫だと言ってるんだがな…ルナ先生の御父上は随分心配性だ…」
「当たり前よ!お父さん、頼まれた患者さんは絶対に治すし、患者さん皆を大事にする人だもの!」
私はそう返したが、正直カオル君の言うとおりだと思った。
見た感じ、カオル君とは普通に会話も出来るしカオル君もそれを聞いて「確かに…」と苦笑している。
私が頭をフル回転させて思い浮かべた人物像とは全然違うし、思っていた『笑顔を浮かべられない人間』でもなかった。
彼の何処が『心のない人間』なのかが分からない…。
別人…?とも思ったけど、お父さんのお話が出来る時点でそれもない。
お父さん。彼普通に笑ってますよーwwと数時間前に目の前にいた父親に言ってやりたくなる。
考えにふけっていた私の目の前にコトリ…と紅茶が入ったカップが置かれた。
顔を上げれば、やっぱり綺麗なお顔立ちのカオル君の顔。
「あ。ありがとうvv」
「いや、紅茶しか用意出来なかったんだが大丈夫か?」
「うん♪紅茶好きよ」
そう言ってまだ湯気がほこほこと沸き立つ煎れたての紅茶に口づける。
そこで私はふと疑問を浮かべた。
「カオル君。貴方此処に一人で住んでるの?」
「いいや?叔父と叔母と暮らしてるが仕事が忙しくてな…2、3ヶ月に一回帰って来る」
「……貴方、精神に障害があるのに…?」
「…叔父さんと叔母さんを悪く思わないでやってくれ。俺の方から大丈夫だから仕事に打ち込んで貰うよう頼んだんだ」
それもそうだと私は思った。
そう説明を聞くと…次に出て来た疑問は一つ―――
「カオル君の…ご両親は?」
私は何となく直感した上で聞いた。
「亡くなった。俺が5歳の時だ。三人でキャンプに行く途中、酒に酔ったまま運転をしたトラックに撥ねられ…ほぼ即死だったそうだ」
そう語った彼の背中を見、私はやっぱり…と思った。
5歳で両親を亡くし、叔父さんと叔母さんに引き取られたカオル君。
早くに両親共々亡くして、こんな山奥に自分は大丈夫だからと言って叔父さんと叔母さんの仕事を邪魔せず、一人ぼっちで暮らしてるんだ…。
そう思うと、私は堪らなくなり…カオル君を抱きしめた。
「…辛いこと聞いて御免ね。今まで寂しかったのを押し殺して…本当辛かったね…」
同情なだけなのは分かってる。
でも人間は…どんなに想像出来てもその人と同じ境遇に遇わなければ『その人の痛み』を本当の意味で理解することなんて出来っこない。
でも…同じ痛みを持てない人でも、同情することでその人の痛みを理解してあげようともがく事が出来るから…。
私も彼の痛みに同情してみた。
願わくば、今まで押し殺していたものを全部吐き出して…泣いて欲しかった。
会ったばかりの女にはやりにくいだろうけど…それでも私は少しでも彼に涙を流して、堪えてたものを出して欲しかったの。
――――なのに…
「?何で俺が辛くなるんだ??」
彼は私の腕の中で、首を傾げながら言い除けた。
私は目を見開く。
「何でって…そりゃ、そんな小さな時にご両親亡くしてこんな山奥に一人ぼっちで生活してるなんて…寂しいでしょ?辛くないの??」
「!そうか…そういえば肉親が亡くなると人は悲しくなるんだったな。最近俺を見てくれる先生は一人だけだったからすっかり忘れていた」
「ぇ、ちょ、カオル君??わ、忘れてたって…どういう??」
「?お前父親から俺の症状詳しく聞いてなかったのか??」
「しょ、症状なら聞いて――」
そこで私ははっと思い出す。
――『心のない人間』――
それがどういう意味なのか…
「俺は両親が亡くなった時に、事故のショックからか『感情』というものが一切分からなくなったんだ。…だが、何分事故に遭ったのが5歳というそれなりに意識がはっきりしてた時だったから、『人はこうなるとこういう表情をする』というのを覚えてた」
今ならはっきりと分かる。
彼が浮かべている表情は『心』からのものではなく、
『記憶』したもの。
小さな予想外の事があったら人間はきょとん…とする。
ひにくれた事実で言った言葉を肯定されれば人間は苦笑する。
そういう表情をするという記憶でしかない感情…
「俺、そういうのは良く分からないからな…驚かせてしまってすまない。以後気をつける…」
そう言って、彼は私という女性の腕に今まで抱きしめられていたにも関わらず、頬を少しも赤くさせずに謝罪の言葉を述べると苦笑を漏らした。
『心のない人間』…
それがどういう意味なのか、私は不覚にも今初めて理解したの…
―心のない人間―
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