椿を手折る炎
椿花開く夜に
張り詰めた冬の夜に、寒さを貫くような佐助の声が響く。
「…伊達領から、帰って来ないなら手伝ってやるよ。
俺様は真田の旦那の忍だ。
害を成すアンタにこれ以上協力は出来ないからさ、
これが俺様に出来る最大限の譲歩だよ」
私に背を向けた佐助は、そう言い切って姿をかき消した。彼の居た気配が冬の空気に溶けた時。
私は人知れずに微笑んでいた。
「うん、ありがとう…佐助」
私にしがみついたままの幸村の髪を、指で梳いてみる。綺麗な顔の幸村はしかし酷く顔色が悪い気もする。
薬、とかいうのの副作用なのかな。
そんな事を考えながら、先ほどの幸村の言葉を思い出す。
『…お館様を失う恐怖も、そなたを失う恐怖も俺には耐えられぬ』
それは、つまり。
私は“本当に”愛されていたのかもしれない。
そう思うと仄かに、頬が火照ってくる。
「ごめんね、幸村……」
私はあなたを、もう一度だけ傷付けてしまう。
けれど、安心してほしい。
「私は、“本当に”幸せだったの」
この命を賭して、武将たる父の真田への反乱を正当化する事が最初の目的だった。
そして武田軍に潜入し、真田幸村に出会ったのだ。
彼の愚直なまでの信玄公との師弟愛に、私は憧れと僅かな妬みを抱いた。そして私は、当初の目標であった真田幸村ではなく信玄公に毒を盛った。
思えばそれは、私に理不尽な命を下した父に対する怒りと親子であれなかった悲しさから来たのかもしれない。
けれど、そうなる前は。
信玄公と幸村のやり取りを、佐助と一緒に眺めて苦笑していたのだ。そして戦について行き、彼らの強さも知った。
信玄公は父のようで、
佐助は兄のようで、
幸村は、
「…幸村は、」
知らず知らずに涙をこぼした私は喉を鳴らしながら、天を仰いだ。
馬鹿だ。
覚悟してから、無くす怖さが分かった。
「好き」
言ってみてしまえば、簡単な事。
「あのね、幸村……ずっとずっと、好きなの。馬鹿みたいだけど、好きだったの……」
はらはらと、落ちる涙が雨のように幸村に降る。
うっすらと目を開けた幸村は、彼女に気づかれないように痛ましげに目を細めた。
***
そしてとある雪の降る夜に。
彼女は、真田領から消え去った。
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