椿を手折る炎
椿寄り添う炎A
「幸村様!お帰りなさいませ!」
「あぁおいたわしや…!」
「湯浴みの準備は整っております!」
城に戻った幸村を迎えたのは、美しく着飾った女達。血や埃で汚れた幸村の姿を見てか、声はかけるのに触れようとはしない。
幸村は静かに彼女達を見つめ、ふと口元を綻ばせた。
「何故貴様らが、あやつの物を纏っておるのだ?」
優しく微笑んだ幸村に、喜声を上げた彼女達は、彼の発した言葉に凍りついた。
幸村は首を傾げ「何を驚く?俺が全て選んだのだから、覚えていてもおかしくはなかろう」と、彼女達の間をすり抜けて『彼女』の居る離れへと向かおうとし、
「幸村様…!」
後ろからかかる女の声に、無感情に振り向いた。美しくはあるが、どうにも卑しさを感じる女の目に幸村は静かな怒りを燃やす。
「今度の戦は長く、心身共にお疲れに成りましたでしょう?離れの『姫』を慰みにするのもよろしいですが、その身なりは如何なものかと…」
「……そうだな」
常識的に考えて、確かに良くはない。不潔であるのは許せないし、血で汚れた姿を見せたくはない。
幸村は、女達の何かを企む目にも気付かずに女達の用意した(正確には彼女達の侍女)湯浴みや食事を取る事にした。
***
違和感に気が付いたのは、膳を平らげてからだった。
体が思うように動かない。
からん、と茶碗が手からこぼれ落ちると女達は醜く笑い出した。
「あらあら、幸村様!それほどお疲れでしたか」
「ですが、私達もあなた様の帰りを待ち望んでおりました」
「…ねぇ、幸村様」
艶めかしく、女が顔を寄せてきた。
「あのような、香りも無き『椿』よりも私達にお目掛け下さいませ」
「………っく、」
まさか、女に喰われる羽目になるとはな。
幸村は伸びてくる女達の手を睨みつけて、
畳を思い切り踏みつけた。
返し畳により、女達が動揺する。その隙に、幸村は走った。体が重く朦朧とする中で安らぎを、あの少女のもとへと。
「……嫌だ…!」
世継ぎなど、妾など、今は考えたくはない。謀も人質も望まない子も、要らない。
俗世のしがらみに、捕まって淡々と生きるのはまだ、嫌なのだ。
「……『椿』とは、よく言ったものだな」
柱に寄りかかりながら、幸村は自嘲気味に笑った。
花言葉は“誇り”。
自分に屈しない彼女の儚いながらも強靭な誇り。
だからこそ、俺は。
「……好きだ…」
襖を開けて、彼女の寝顔を見た時に泣きそうになった。黒髪艶やかな美女ではない。面長で一重でもない。
外に出せば、醜女と罵られるのかもしれない。ただの少女だ。
ぼろぼろと泣きながら、彼女の体に触れた。季節柄こんな薄手では体を崩す。けれど体はもう動きそうもない。
幸村は、せめて腹は冷やすまいと彼女の腹に頭を乗せてー…
意識を途切れさせた。
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