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霧の國
B



――いやだよ、




絞り出すように、震える少年の声がする。
ざわざわと彼を囲むキィキィとした雌の声に彼はまた同じ言葉を繰り返して、

繰り返して、



『無駄だよ』


黒い目の少女が雌達の向こう側で清く笑う。まるで今から起こる悲劇も奇劇も、教科書に載る検閲済みの健全な物語とでも思っているかのような微笑みだ。

絶望した少年の力ない体を、キィキィと喚く怪物が飲み込んでゆく。

救いはないのか、


少年は手を伸ばす。
味方だと信じていた黒ずくめの、息を呑む程に美しい氷のような少女に。
いや、まだ信じている。

まだ彼女は、僕を救ってくれる。



少年の手を、少女は優しく包み込んでまた微笑んだ。
キィキィ声は様子を見るかのように二人の間から退けて、少年は希望を持って彼女を見上げた。あぁ、神さま!僕を救ってくれるんだ!そうだ君は、僕の――――



『ありがとう、君の犠牲で世界が救われるよ』


絶句、





暗転、

その後彼は


*****


【天戯視点】



ぐらり、と視界が揺れた。
あぁまたか。

「この体もそろそろガタが来たのかもなァ」

タワー内の廊下に独りきりで呟いて、天戯は目を細めるようにして笑った。

――早くしなくては。


そんな事を考えて歩いていると、ボサボサの黒い髪が見えた。あの酷い『少女』と違って、『真代』の髪は艶もないあちこちに跳ね返った髪だったけれど。

あぁなんでか、安心する。



「真代!」

名前を呼んで走り寄ると、隣にはあの藍武とかいう青年があからさまに嫌な顔をしていた。

ので、笑いかけてやる。


「どこに行ってたんだ?」


「天戯さん、あの…」


おずおずと見上げられる。
表情の読めない瞳は、俺をまっすぐ見つめ返してくるからくすぐったい。


「タワーから、出てみたいんです」




「…それは、逃げたいって事か」


そう返すと、真代の後ろで何故か藍武が顔を青くしてうつむいた。

ああ、なるほど。


「オマエ、俺から真代を奪うつもりか」

「は、……ハァ?!」


意味分かんない!と憤慨するこいつが、真代をどこかへ連れて行くなら。

「×すぞ?」

「……っ」



おいおい、なんだよその目。
俺だって傷付いたんだぞ?なのに自分ばかり被害者みてぇな顔をするなよ。
銃を取り出したくらいで、何をそんな…


「違います、天戯さん」


「…あっぶねぇよ!銃身掴むな!」

「聞いて下さい」


真代は迷いなく、俺の銃を握りしめて藍武から逸らした。


そういう所が、なんだかムカつくんだよ…




「私たちを、案内して欲しいんです」

「…あァ?」



「この國の事、キリムコウの事、もっと知りたいんです」





その言葉は、『誰か』と全く同じだった。

『もっと知りたいんだ』




「…知ってどうする?」





オマエ『も』、きっと絶望するだけなのに。




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あきゅろす。
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