霧の國
B
【藍武視点】
「そういやぁさ」
「はい、なんでしょう?」
やる事もないので、伊蕗と喋る。
こいつは俺を邪険にもしないで、必要とあらば説明もしてくれる。しかし、なにか踏み込んではいけない一定のラインがあるようで。
そこを超えてしまったら、もうこうして自由に歩き回れなさそうだから、俺は他愛もない話を暇つぶしにするのだ。
「あの話の続き、してくれねぇの?」
「さて、なんでしたかね」
「……氷樹ってやつの話」
あれ、ヤバい?
伊蕗の胡散臭い笑みが消えて、背中がぞくりとした。だってあの時、蛇女が襲ってくる前は話してくれそうな雰囲気だったじゃんか。
「……」
無言で立ち上がった伊蕗と、幼い頃の記憶が混じって。俺は後退りをする。
あぁ、また叩かれる。
「やだ、」
「……」
ガラス張りの壁に背が張り付いた。
伊蕗の奴の表情は見えない、とうか見れない。とっさにぶたれる、と俺は頭を抱え込んでうずくまった。
「やめて、かあさん…っ」
「…やっぱり、ね」
俺の耳元に唇を寄せるようにして、伊蕗は納得したように呟いた。
縮こまった俺の手をとって、不思議そうに眺めている。
「あなたはこんなに可愛らしいのに、どうして加虐するのでしょう」
「…っ馬鹿じゃねぇの…!質悪い、冗談はヤメロよ…っ」
うわ最低、声が震える。
伊蕗はまたニッコリと笑って慈しむように俺の手に自らの手を重ねて掴んだ。
「そんな『あなた達』だから、氷樹が呼び寄せられたのですよ」
「……は?」
ちょっと待て、俺を呼んだのは蛇女で。
それに『あなた達』ってなんだよ。
「マヨちゃんは、普通の…ちょっと地味な子だよ」
「あなたもなかなか酷いですね」
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