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貧乏学生の本田があらわれた!
菊は思考をやめる

菊はその夜、隠れるように家を出ました。鈴木くんが半ば強引に取り決めたとはいえ、約束は約束です。イヴァンには「約束がある」とだけ告げて家を出ました。

「本田くん、待って」

「あ…」

何か言いたげなイヴァンの視線を避けるように菊は聞こえない振りをして、アパートを後にします。幸いイヴァンは追っては来ないようですが振り返らないように、菊は歩みを進めます。

騒がしい街中から、少し外れた通りを進み菊は面接場所を探します。携帯の地図機能を頼りに、ある廃れたビルの前にたどり着きました。

鈴木くんと約束した場所は、どうやら雑居ビルの中の様です。
メモを見ながら、会社名を探しているとどうやらそれらしき表札は見当たりません。首を傾げながら、とにかく約束の階に向かうことにした菊は、何処かで違和感を感じ取りながらもただ突き進むことで、考える事を止めていました。
そう、どう考えたって胡散臭いのです。最初から。

「…なに、やってるんですかね私は…」

足は止まらない。

寧ろ、怖いもの見たさのような。
無謀な感情に煽られながら、菊は鈴木の携帯に電話をした。

「…もしもし、あの、会社の名前がビルの表札に無くて…あ、はい、一番奥の扉ですね?
…あぁ、あります。ありがとうございます」

重そうな扉に、申し訳程度の会社名の表札が掛かっていた。この階には他の業者は入ってないようで、薄暗い雰囲気に反して、外のネオンの光は底抜けに明るい。
狂いそうなほど、警告音が脳内で鳴り響いていた。

「…は、ぁ」

絶対、おかしい。


だのに、手は、その扉を開いて。
事務室のような、室内と、数名の男を目で捉えて、わざわざ鈴木くんの紹介で、という説明を踏まえて

担当らしき男の後をついて行く事になった。



「君も、若いのに大変だね」

「…は、いえ、もう三十近いんですよ」

「またまた」

面接官らしき男に連れられて、菊は男の車に乗せられた。
面接は、本当に軽いもので後は現場に着いてから話すからと強引に勧められていく。そのまま、ついて行く自分もどうかと思うが。

「うん、君だったらすぐに稼げるよ」

「はぁ…私にも出来るような仕事でしょうか」

「そうだねぇ、高校生の子だってやれるんだから大丈夫さ」

「い、いえ、その…無理そうなら、辞退させて頂きたいです」

「大丈夫、大丈夫」

男は、表面上優しげで軽く話していたが変な強引さがある。流されるままに、高速道路を走り、たどり着いた先で菊は驚き、焦りながらも「やっぱり」と思っていた。

ビジネスホテル、だ。
表面上は。

「さっきさ、三十近いって言ってたね。履歴書見させてもらったよ、本当なんだね」

「嘘をついても仕方ないですから」

「うん、嘘はいけないね。
つまり、君は大人で、自分で判断して此処まで来たんだよな?分かってるよな?」

車が、駐車場に入り、その建物が近付いた。男の言葉が、軽やかな優しいものから、棘のある鎖のようなものに変わった。

「もう客を待たせてある」

「……」

「辞退するなら、キャンセル料払って貰うよ?迷惑かけたんだからね?…大丈夫、仕事なんだよ、これは」

ちゃんとお金は出る。
これは、仕事だから。

「……そう、ですね」

別に、守りたい貞操なんてない。
菊の思考は、完全に停止していた。


男に腕を掴まれながら、ズルズルとその部屋へと連れて行かれる。
まるで、夢の中の出来事のようだと菊は思った。嘘みたいだ。こんな。

部屋に入れられて、
鍵を閉められて、

先客のシャワー音が、妖しい部屋の明かりが、独特の嫌な香りが、鼻を掠めて。


「……あ、あぁっ」

ようやく、恐怖が襲ってきた。









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