初めて、にこやかだった青年の目が驚きで見開かれて、動揺したのをギルは見ていた。
菊は、ギルを見直すといつものように柔らかく笑い「おかえりなさい」とギルの上着を預かり、ハンガーに掛けた。
唖然とする青年と、狼狽しているギルを交互に見ながら
「お友達ですか?ご飯と味噌汁と惣菜が少しありますが、召し上がりますか?」
と菊は尋ねた。
「……冗談、じゃないの…?」
ぽつり、と青年はまだ疑うような目で呟き…菊の目の前まで歩いた。ギルが慌てて、間に入る前に。
菊の手を掬うように、壊れものに触れるかのように青年は握った。
「……初めまして、僕はイヴァン」
「はい、初めまして。私は本田菊と申します、よろしくお願い致します」
菊の顔を見つめて、イヴァンは何か痛みを堪えるような表情をしてから、菊の手にすがるように自分の頬へ導きました。ギルが戸惑っているのを余所に、イヴァンは微笑みながら「本田くんは、暖かいねぇ」と菊の手を頬に当てました。
「イヴァンさんは、冷たいですね…外はまだ寒かったですか?」
春はもう終わったはずだが、寒かったのだろうかと菊はぼうっと考えました。そんな菊を見つめていたイヴァンでしたが、何か確信したように手を離しました。
「うん、ずっと…寒かったよ。
凍え死んじゃうかと思った、寒いの、慣れてるはずなのにね」
「ふふ、春で凍え死んでしまうのですか?」
「…うん」
菊は、冗談だと思って笑っていましたがイヴァンの言葉には痛いほどの寒さが混じっています。
しかしそれに気付かない菊は、いそいそと台所へと戻り、晩飯の準備をするようでした。
イヴァンの、アメジストのような目が寂しそうに細められるのを、ギルは黙って見ていました。
「んで、話の流れで許しちまったが…イヴァンはさっさと出て行け」
「えーっ!酷いよギルベルトくん!あったかいご飯にお風呂にお布団まで敷いてくれたのに、無駄にしろって言うの?悪い子だね」
何処か芝居がかったようなフリで、イヴァンはお味噌汁を啜ります。
「お味はどうですか、濃いですか?」
「Спасибо、美味しいよー」
「恐れ入ります」
「まったり人ん家で飯食ってんなよ……ったく」
もともと一人暮らし用の部屋で男三人で食卓を囲むのはなんだかむさ苦しい気もします。
文句言いたげなギルを尻目に、イヴァンは楽しげに菊と世間話をしながら箸を進めていました。
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