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貧乏学生の本田があらわれた!
王耀のアパートにて

ある日、大学の帰りに菊は王耀の管理するアパートへと向かいました。
部屋に帰れないとはいえ、そこは菊の部屋なのです。

…いろいろ、無かった訳では有りませんが、時々気になって覗きに行くのです。


「耀さんはお元気でしょうか…」

道すがら、菊は彼の背中を思い出しました。厄介ごとを抱えた自分を放り出さずに、支えてくれた人を。菊は無意識に微笑んでいました。

懐かしのアパートは、茶色のトタン壁に蔦が這っていました。

「……?」

自分の部屋に近づくと、急に鼻をつくような匂いがしました。
年季の入った郵便受けから、何か異様な雰囲気を感じとり、菊は合鍵で中に入り…絶句しました。

無理やりに押し込められたのか、異臭のする紙袋に、部屋の硝子は割れて。メチャクチャにされていました。

身体は、冷え切っていくのに頭は考える力を失って、呆然と立ち尽くします。

ふと、壊された写真たてを拾い上げて菊はそれを静かに腕に抱き。
部屋を出ようとした時でした。

壁に、スプレー缶が何かで書かれた字が目に入り、菊は足を止めて息を止めました。


「……っ…」



その言葉は、決して菊の過去を知って書いたものでは無かったのですが、彼にとっては何よりも苦痛の言葉でした。


じわり、とまた記憶の蓋が開きます。
白い手と、紫水晶のような目に囚われそうになる菊は、震える体を叱るように駆け出します。


白い腕に抱かれて、


『菊くん』


優しい声で、


『大好きだよ、菊くん』


甘く、ドロドロに、熟れ過ぎた果実のように腐っていく


『だから、ねぇ…』


どうか、許して




『もう、壊れちゃったの?』






やめて




「…菊?」

ふと、温かみのある声に菊は走るのを止めました。
そこには、驚いた表情のフェリとルートが夕飯の買い物をぶら下げて此方を見つめています。

フェリがいつもの調子で、「やっぱり菊だ〜」と花を散らしながら菊の冷え切った身体を抱きしめました。

「ヴェ、菊〜!会えて嬉しいよー!」
「ふぇ、リシアーノくん…」

菊の震える声に、フェリはにっこりと頷きます。

「うん、俺だよ〜!紛れもなく俺だよ〜!!
…だから、大丈夫だよ菊〜」

いつもの声に、とても安心して。
菊もぎこちないながら笑いました。




記憶の隅の彼が、残念そうに手を話して闇に滲むように消えていきます。
氷のように冷たい笑みを浮かべながら、「逃げられると思わないでよ」と菊に念を押すように。




菊の唯ならない様子に、二人は顔を見合わせてどちらともなく頷きました。

「ねぇ、菊ー!今日は寮においでよ〜!みんな居るし、きっと楽しいよ〜?」

フェリシアーノの突然の提案に、菊は驚きながら断ろうとしたのですが、珍しくルートも「たまにはどうだ?本田」と勧めて来ました。

菊の脳裏には、ギルがまた探し回るのが簡単に思い起こされましたが、今は……一人になりたくありません。


「では、お言葉に甘えて」

遠慮がちに菊が頷くと、二人は嬉しそうに菊の両脇を固めて歩き出したのでした。







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あきゅろす。
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