オトンとオカンと
悪い夢だと笑え
竹千代?
何を言ってるんですか佐吉、いくら仲良く無いからってついて良い嘘と悪い嘘が…いや、この子は嘘をつくような子じゃない。こんな時に冗談を言う子じゃない。
そして、いくら歴史に興味が無くても。関ケ原の勝者と敗者くらい知っている。
戦国の、敗戦の将の末路も再放送の時代劇で朧気に理解している。
だからこそ。
「嫌、です…」
「…鵺子」
「嫌です…佐吉…っ!ダメです!何を悟ったような顔で、穏やかに喋っちゃってるんだ!
竹千代が、徳川家康の幼名だって事は知ってますよ!一応あなたたちの保護者してたんですから!
そんで、時代が時代って事も分かります!理解もします!けど、けど納得出来るかは別でしょうがぁああっ!!」
息が続かなくなりそうだ。
佐吉は、ぽかんとして急に立ち上がった私を見てそして嘲るように笑った。
「馬鹿か貴様は」
「辛辣!」
「…貴様がどう思おうと、私は奴に」
「誰と話しているんだ、三成?」
ぞわり、と空気が騒いだ。
佐吉の表情はまるで仇でも見るような目で、だのに何故だろう。その人物の声は酷く穏やかで優しい声だった。
目をやると、格子の外に体格の良い男がひとり立っていた。
見張りの兵士も膝をつき、首を垂れているので位の高い者だとは分かった。そして、嫌な予感がした。
「家康…」
憎々しいのを隠しもせず、佐吉は格子の外の家康を睨む。
雰囲気で、家康が悲しそうに笑うのを感じた。
「そんな顔をするな、流石の儂も傷付くぞ」
「白々しい…どの口が減らず口を叩く?貴様の戯言に付き合う義理はない…」
「いや、儂もそう話すものではないと分かってはいるんだ。三成はすぐ怒るしなぁ…」
「覚えがないとは言わせぬ」
「うん?…これはまた叱られてしまうなあ」
まいった、まいったと頭を掻く家康は竹千代だった彼と同じように朗らかに笑っていた。
敵同士、のはずの彼らの会話は幼い頃の彼らを思い起こすような軽快なもので、これから佐吉が竹千代に殺されるなんて悪い夢のようだ。
「三成の話す声が、やけに穏やかだったからな!…誰かと話しているのかと思ったんだ」
「……去ね」
「三成、今ならまだ間に合う…‥だから、儂と…もう一度」
請うような家康の声に、佐吉は低く笑っている。しかし、目は家康を睨みつけて冷たい侮蔑を含んだ声だった。
「恩情を掛けるか?影武者をたて、晒し首をすり替えて、安穏と暮らせと?……笑わせるな、家康」
佐吉の唇が震えた。
「…秀吉様から賜った兵を、むざむざ殺され、敵将から情を掛けられ、更には逃げろと言うか?…ふざけるな…ッ!貴様は私をいくら乏しめれば気が済むのだ…!」
「…三成」
悲しそうな顔をして、家康は俯く。
しかし、
ややあって、また笑顔で家康は佐吉に話しかける。
「そう…言うと思っておったぞ三成!だからこそ、お前と……もう一度、絆を結びたかった…!」
「貴様を友だと思った事はない」
「ははは…手厳しいなぁ、三成は」
肩を竦めて、家康は背を向けてしまった。私は慌てて引き止めようと格子をすり抜けて、後を追う。止めたいのに、家康の身体をやっぱり私はすり抜けてしまった。
「竹千代!まっ……」
家康は、泣いていた。
朗らかに笑っていたのに。佐吉には背を向けて、はらはらと泣いていた。
「な、泣く位なら…っ!辞めたら良いんです……馬鹿…」
廊下の柱に寄りかかるようにして、家康が泣いている。何も出来ない、だけど。
その背に手を添えて、さするようにした。
理解はしてる。
もう、後戻り出来ないのだ。
引っ込みつかないのだ。
世界は許してくれない。
二人が一緒に生きる事を。
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