オトンとオカンと
何がどうして(流血)
「…少しだけ、安心した」
佐吉が珍しく、目を細めて笑う。あぁまるで、新雪のように清くて眩しくて。
触れたら汚してしまうような儚さで。
「…鵺子が、この時代に生まれていて良かった」
「…佐吉」
「…貴様など、世が世ならとうに息絶えているだろうからな」
また、若干嘲るような笑みを浮かべる佐吉はしかし。
本当に大人びた表情で私を見上げる。その冷たいはずの視線が揺れる。
「…次は、忘れたくないな」
「…っ」
僅かに、心臓が跳ねた。
そう、彼らは向こうの時代に帰る時に好都合にもこちらの世界での出来事を忘れてしまう。
正確には、記憶が封じられているようだがまた再び此方に来ないなら同じ事である。
思わず、その細い体を抱き締めた。
「佐吉…っ!」
なんて可愛いんだ…!!
いや決してショタコンである訳じゃない。ただ衝動に駆られてしまってですね。
後悔はしていない。
「……世話の焼ける保護者だな」
少し、驚いたように息を止めた佐吉は私の腕に、手を添えて―――そして、目を見開いた。
「…っ、離れろ…!」
「えっ」
ザアッ
風が唸る。
背後の竹藪が、まるで責め立てるようにしゃなしゃなと騒ぐ。
なに、
次の瞬間。
私は物凄い力に振り飛ばされるようにして、地に転がった。
◇◆◇◆◇
暗い。
体の感覚がない。
まるで、意識だけが何かに引きずられたようだ。
私は目を瞬かせた。
…私はどこにいる?
土とカビの匂いになんだか懐かしくなる…田舎の祖母の家の香りを思い出した。
あぁ、なんだろう。
「…佐吉」
先程まで私と触れ合っていたはずの少年の名を呼んでみた。
返事はない…
「…鵺子?」
それは、決して佐吉の声ではなかったのに。
声の主を振り返って、姿を認めた時に察してしまったのだ。
あぁ、君は。
「佐吉、なのか…」
「……」
そこには、私よりも年上に見える彼が手負いの姿で座り込んでいた。
あちこち血が滲み、甲冑は割れて綻びている。幼い頃の面影は僅かに残っているが、綺麗だった銀の絹のような髪はくすんで泥や油のようなもので汚れていた。
なんて、酷い。
「佐吉…!佐吉、痛くはありませんか…!消毒は!なんで、こんな…」
「鵺子、」
「ここはなんなのですか、どうしてこんな…っ」
わたわたとする私を、力なく見上げていた佐吉らしき人はまるで久しぶりに笑うように、顔をひきつらせた。
「…落ち着け」
「落ち着けますか!!よく見たらここ牢屋みたいな…っなんで、もう、頭回らないですよ…」
はぁ、とへたり込んだ私を受け止めようとしたのか手を伸ばした佐吉は、私の体がその手をすり抜けた事に驚いて―――そして安堵したように目を細めた。
「…なるほどな、意識体という事か」
「え、つまり、どういう…」
「…まだ理解出来ないのか」
疲れたように、息をつく佐吉はやはり嘲るような笑みを浮かべていた。
「…お前が次は此方側に来たという事だ」
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