オトンとオカンと
今は近くにいる
「とりあえず、ちっさい旦那達と近場の寺行ってくるわ」
だから、佐吉のケアよろしく。
「という副音声が聞こえたぞ佐助ェ…」
ぐったりとした佐吉を慌てて木陰のベンチに座らせて。鵺子はその頭を軽く撫でていた。
少し離れた所には、小十郎が居るが他の面子は近くの寺へと行ってしまった。
…気を利かせてくれたのは分かる。子供の気持ちというのは複雑のようで、ある程度は単純だと思う。誰かが悲しいと悲しい。誰かが嬉しいと嬉しい。
それが後者ならいいけれど、佐吉のは違う。特に彼は今にも壊れそうな精神を、なんとかかき集めているような状態で。
「……、」
「佐吉、水でも飲みますか」
「………要らぬ」
泣き喚いてしまいたいのを、必死に抑えて私の前にいるのだろう。
目を覚まして、佐吉の表情はすぐに強張ってしまった。
「……佐吉、ごめんなさい」
「なぜ、謝る」
少し怒りながら、くたびれたような声で彼は鵺子を見上げた。
なぜ、と言われて。
言い訳と分かっているけれど、答えなくてはと口を開いた。
「私はあなた達の事を全く考えていなかったんです…」
「そうだな」
返事が早い。
「…あなた達にしてみれば、未知の世界であるという事を忘れて…連れ歩き、」
「全くだな」
うぐ、と息が詰まる。
佐吉は呆れたように遠い目をしている。
めげるな、私は大学生なんだ。
「あげく、こうして未来に起きるの出来事を目に入れてしまい…」
「…鵺子」
ため息混じりに名前が呼ばれた。
恐る恐る目をやると、佐吉は口をへの字にしながらも、いつものような冷静な目で私を見上げていた。
「…謝るな」
「佐吉…でも、」
「二度も言わせるな」
明らかにイライラしたのを隠さないで、彼は眉をひそめた。
「…謝罪されても、困る」
「…しかし…」
納得のいかない私に、佐吉はまたため息をついて空を仰いだ。
空は昔と変わらない、ひたすらに高く青い。
「死は身近なものだ」
ぽつり、佐吉が呟いた。
「だが、この世界は違った。戦がない、身分がない……餓死するものもない、まるで絵空事のような世界だと」
だから、忘れていた。
「いつかは、秀吉様も居られなくなる。しかしあの方は、きっと日の本…いや、世界もその手に掴み取り、天寿を全うされる……!」
「……あー…」
きらきらと目を輝かせて、拳をつくる佐吉に色々と教えたい気にもなったけれど抑えた。さっき怒られたばかりだしな。うん。
「…本当なら、こうして鵺子と居られぬ事も分かっている」
ほう、とため息をついた。
最初に出会った時。彼は竹千代にいいように使われていた。
彼の身分だとか、そういう事も知らない私は無神経な事もした。
「…こんな事言うと、不謹慎と思われるやもしれませんが…」
もごもごと口の中で言葉が引き篭もる。
キョトンと私を見つめる佐吉が「なんだ」と呟いたので。
「会えて、良かったと思ってます…」
あれ、平凡な言葉しか出てこないんですけれども。
「…くくっ」
呆気に取られる鵺子の前で、本当に珍しく佐吉が笑った。
少し、嘲り笑いなのが気掛かりであるが。
[*前へ][次へ#]
[戻る]
[小説ナビ|小説大賞]
無料HPエムペ!