オトンとオカンと
月日は人と世界を変える
彼らの異変に驚いていたのも束の間、悲しいかな私たちの本分とはいち大学生なのである。
朝食の準備もそこそこに、今日の予定を確認しようとすると小十郎が「今日は居てやれ」と立ち上がった私の肩を掴んだ。
「…私が、か?」
「あぁ、今日なら実習もねぇだろう」
なんで小十郎は私のスケジュールを知っているんだ。
けれど、まぁ何か考えでも有るんだろう。私は家に残る事にして、小十郎と佐助は慌ただしく出掛けて行った。
◇◇◇◇◇
さて、どうしたものだろうか。
部屋を見渡すと、テレビを物珍しそうに見ている竹千代と弁丸。
それをソファーに座って眺めている梵天丸。
「…あれ一人足りな、」
くいっ、
と下から引っ張られて、視線を落とすと佐吉が見上げていた。近過ぎて見えなかった。
とりあえず、腰を折ってかがみ込むと私を見つめ続ける双眸が近くなった。
「どうしました、佐吉」
「……何か、する事は」
無表情で呟かれても、彼らにはやれる仕事はない。しかし手伝ってくれようとしたのなら、嬉しい事だろう。それは。
「…世話になる、だから私に…」
「有難う、佐吉」
綺麗な銀の髪を撫でてやれば、彼は不服そうに唸って、ちょっと顔を赤くした。
「なっ…!子供扱いするな…っ!」
「佐吉ばかりずるいぞ鵺子!儂も、」
どこから見ていたやら、竹千代が駆け寄って来た。前から思っていたのだが一人称『儂』なのか竹千代。この若さで儂なのか。
とりあえず両方撫でてやれば、なんだか幸せそうに目を閉じる二人に小さく笑ってしまった。
「…皆さん、随分大きく成りましたよね」
幼児体型からの小学生レベル。年数にすれば4、5年分の成長をしたんだろう。しかし彼らはその数年をどう過ごしていたんだろう。
踏み込んでしまうのは、些か不躾な気がする。
尋ねるべきかどうか悩んでいると、ソファーに座っていた梵天丸が「Ha、余計な心配は要らないぜ?」と不敵に笑った。
「アンタが何もかも知る必要は無いだろ?……こっちじゃどうか知らねぇが、俺たちはもう大人だ…you see?」
彼の英語もこの数年の産物だろうか、あれ?小十郎に聞いた話じゃ戦国時代から来てるはずだけどなんでこの子ったら。
けれど、そうか。
私にとっては一夜の事だったけど、彼らは数年過ごして来たのだ。
この何日間かで、梵天丸や弁丸と築いてきた信頼やら慣れやらが一気にリセットされた気分で。
竹千代や佐吉たちに至っては、慣れない世界にまた来てしまったという事でしかない。
あぁ、なんで。
なんで彼らは此処に居るんだろう。
帰る場所も、
両親も、
きっときっと有るだろうに。
脳内をチラッと、彼らと同じ歳くらいの私が駆け抜ける。
佐助と小十郎に手を引かれて、うっすらと笑んだ私が。
「……母上、」
とたとた、弁丸が歩み寄って私の手を引いた。
「昔の俺が帰ったように、今の俺もきっと帰る日が来る。だからこそ、俺は…母上の笑った顔が見たい」
「弁丸…?」
弁丸は、胸を張って得意げに笑った。
「一人前の武人たるもの、それぐらい出来ずしてなんとする!」
ニコニコと笑う弁丸の瞳の中には、揺るぎない意思というか…決意のようなものが見えた気がした。
そんな彼を見つめ、梵天丸が握り拳を作っていた事を私は知らない。
悔しそうな、寂しそうな目をしていた彼らに私は気付けなかった。
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