ある夜の秘恋の噺 2 郭哉が目覚める少し前 彼の部屋のある、小さなアパートの外に敵方であるはずの悠無が居た。アパートのそばは暗く、闇の中に沈んだ彼は郭哉の居る部屋を見つめていた。 ややあって、肩を竦めながら。 『おっかないのが来たな』 嘲笑うような口調で、悠無は街頭に照らされている、桃耶を視界に捉えた。 ジャージにマフラーを巻いた、彼はまるで仇でも見るような表情なのに対して、悠無は古い友人に会ったかのように親しげだった。 『そんなに怖い顔をするな、童(わっぱ)何も悪さはしていないぞ』 「……そこは、俺のダチの家なんだよ。まさか、鬼の大将が散歩の途中って訳でもないだろ? だったら、警戒くらいするのが道理だ」 しゃらん、と何処から出したのか血のように赤い鞘の日本刀を構える。 それを楽しげに見つめながら、悠無は片手に土鈴を持ち転がした。 『我らが姫が、病と聞いてね。 気持ばかりだが呪いをひとつかけてきた』 「まじない?」 『あぁ、それはまぁお楽しみにしててくれ。 それよりトウヤ、あれをそばに置いて居て良いのか?』 あれ、とは。 「……何の事だか」 『あの水竜は、いつか姫を喰らうぞ』 ぱしり、と扇を閉じて。 悠無は笑んだ。 目だけは酷く鋭いので、桃耶もたじろいでしまったが、悠無は気にしないようだった。 「……俺がさせない、カグヤは俺の友達だから。あいつはもう、×させない」 『くく、鬼退治の英雄の次は騎士気取りか?せわしいなぁ』 「今は、ただの人さ」 くるり、と刀を回す。どうやらもうやり合うつもりは無いらしく、悠無も踵を返して立ち去ろうとする。 何かを思い出したかのように、悠無は呟いた。 『姫はきっとまた、××に×される…お前ひとりがどうしたって、周りは止まらないさ。 社も一枚岩ではない、私欲に溢れた下界に居ては、彼女はまた穢されてしまう。 そうしたら、『月』には帰れない。 そうやって、繰り返して来ただろう?』 言い終わらない内に、悠無の首元には抜き身の刀が突きつけられて居た。 くつり、と笑った悠無はひらひらと両手を揺らして降参だと示した。そして、霧のように闇に溶けてしまう。 しばらく、桃耶はそのままの姿勢で居たが。 「……コンビニ行くんだった」 と日本刀を鞘にしまい、野球のバットのケースに入れてまた歩きだした。 [*前へ][次へ#] [戻る] |