ある夜の秘恋の噺
2
「あ、ああ!そうね!郭哉君よね!ごめんなさい、先生ちょっと寝不足で…き、級長さん?しっかりしてね!」
水が地面に浸透していくように、俺の事を周りが瞬時に理解して、教室はいつもの空気に戻ったかのように見えた。
いつもの、というのは語弊だ。
「……あいつ、誰だっけ」
聞こえたんだ、確かに。
「ほら、座りな?郭哉?」
「トウヤ、俺は…」
「授業中なんだから、席に着きな」
そして、幼なじみはいつものように背を向けて授業に集中する。学年一位なんだから、こんな時くらい俺の話聞いてくれてもいいじゃないか。
不貞腐れるように、机に俯せて目をつむった。
非日常に溺れていく。
俺だけが、切り取られていく。
例えば、午前中ずっと寝ていても。
先生は誰も起こしてはくれない。
「トウヤ、」
「まだ駄目だ」
昼を過ぎて、珍しくお腹がすかなくて、机を守るように俯せていた。
しかし、幼なじみは気にせずに弁当を広げている。
「…トウヤ」
「次は教室移動だぞ」
助けて、と思っているのに。
黙って桃耶の後ろについて歩く。
授業も終わって、空はとっくに暮れ出した。
やがて、俺と桃耶以外は誰も居なくなって。
ようやく、桃耶が俺を見た。
赤みの残る、濃紺の空はなんとなく不安な気持ちに蓋をしていくようで。
「……助けて、トウヤ」
「ごめん、郭耶」
幼なじみの口からは、謝罪の言葉が出た。
初めてだったんだ。
「俺には、もう、どうする事も出来ないんだ」
「……トウヤ」
俺の願いをなんでも聞いてくれる。
俺の為に全力を尽くしてくれる。
それが、今までの桃耶だった。
なのに、
「一番大事な願いを、なんで、聞いてくれないんだよ……!?」
「ごめん、郭哉」
掴みかかった俺の手を、やんわりと包み返して、悲しげに顔を歪めて、桃耶は俺の目を捕らえた。まるで真剣のような、鋭い目だ。
「いつも、そうだ。世界は残酷で、お前の幸せを願うからこそ、お前を×そうとする」
「何、言ってんのか…分からない…」
「理解しろ、郭哉。そして、選べ」
ぐい、と顎を掴まれて上を向かされる。
もう一つの腕で、腰を引き寄せられた。
「俺を選ぶか、
社に行くか、
晦に行くか、
それとも今まで通りの生活を続けてゆっくり崩壊して行くか、
それか…」
ごくごく近くに、桃耶の顔がある。
まるでキスでもするかのように、顔が近づいたかと思うと耳元でぽつりと。
「俺に、殺されるか」
と感情もない声が告げた。
すっ、とひいた桃耶の顔はなぜかいつもと同じ顔で。それが、酷くおぞましく感じられた。
不快感に苛まれて。
俺は初めて、桃耶の手を拒んだ。
「意味わかんねぇよ!!」
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