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ある夜の秘恋の噺




郭哉が目覚める少し前



彼の部屋のある、小さなアパートの外に敵方であるはずの悠無が居た。アパートのそばは暗く、闇の中に沈んだ彼は郭哉の居る部屋を見つめていた。
ややあって、肩を竦めながら。

『おっかないのが来たな』

嘲笑うような口調で、悠無は街頭に照らされている、桃耶を視界に捉えた。
ジャージにマフラーを巻いた、彼はまるで仇でも見るような表情なのに対して、悠無は古い友人に会ったかのように親しげだった。

『そんなに怖い顔をするな、童(わっぱ)何も悪さはしていないぞ』

「……そこは、俺のダチの家なんだよ。まさか、鬼の大将が散歩の途中って訳でもないだろ?
だったら、警戒くらいするのが道理だ」

しゃらん、と何処から出したのか血のように赤い鞘の日本刀を構える。
それを楽しげに見つめながら、悠無は片手に土鈴を持ち転がした。

『我らが姫が、病と聞いてね。
気持ばかりだが呪いをひとつかけてきた』

「まじない?」

『あぁ、それはまぁお楽しみにしててくれ。
それよりトウヤ、あれをそばに置いて居て良いのか?』


あれ、とは。


「……何の事だか」

『あの水竜は、いつか姫を喰らうぞ』


ぱしり、と扇を閉じて。
悠無は笑んだ。

目だけは酷く鋭いので、桃耶もたじろいでしまったが、悠無は気にしないようだった。

「……俺がさせない、カグヤは俺の友達だから。あいつはもう、×させない」


『くく、鬼退治の英雄の次は騎士気取りか?せわしいなぁ』

「今は、ただの人さ」

くるり、と刀を回す。どうやらもうやり合うつもりは無いらしく、悠無も踵を返して立ち去ろうとする。
何かを思い出したかのように、悠無は呟いた。


『姫はきっとまた、××に×される…お前ひとりがどうしたって、周りは止まらないさ。
社も一枚岩ではない、私欲に溢れた下界に居ては、彼女はまた穢されてしまう。
そうしたら、『月』には帰れない。
そうやって、繰り返して来ただろう?』


言い終わらない内に、悠無の首元には抜き身の刀が突きつけられて居た。

くつり、と笑った悠無はひらひらと両手を揺らして降参だと示した。そして、霧のように闇に溶けてしまう。


しばらく、桃耶はそのままの姿勢で居たが。

「……コンビニ行くんだった」

と日本刀を鞘にしまい、野球のバットのケースに入れてまた歩きだした。





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