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ある夜の秘恋の噺



そういう訳にはいかないでしょ、と返すつもりだったのに。辰壬の本来の姿である龍の、威圧するような気配に千晶はただ見つめ返すしかなった。


「もう、関わるな。
いつか、カグヤを傷つけるなら。
あの子を泣かせるなら、お前を×す。」

「はぁ?極端過ぎやしません、辰壬くん?だいたい、姫様が自ら僕に手を伸ばして来たんだよ?だから僕は……」


反論しようとしたが、辰壬のぎらぎらとした、人ならざる物の目に気圧される。

その、人の皮を被った水竜は何かを考えているのか黙り込んでいる。
そして、何故か、




口元に笑みを浮かべた。

「……誰にも、触れさせない」





「その辺にしないか、騒がしい」

ぺちん、と辰壬の額を叩いたのは片付けの終わったらしい竜友だった。
毒気を抜かれたような顔で、辰壬は額を抑えてうずくまる。千晶も疲れたらしく溜息を盛大に吐いて、足早に荷物を持ってアパートを出て行ってしまった。

それを見送ってから、竜友は辰壬に「早く寝るんだぞ」と布団を敷いてやるのだった。




◇◇◇◇◇◇◇◇


薄暗い部屋で、何やら書き物をしていた天生は廊下を歩く音に手を止めて、襖を侍女に開かせた。

部屋よりも明るい廊下には、千晶が立ってる。彼の表情を見て、天生はうっそりと笑った。

「おかえりなさい、千晶」

「当主さま……」

「お仕事、ご苦労様でしたね」

ニコニコと笑いながら労う天生に、何か言いたげな千晶は唇を噛み締めながら瞳を彷徨わせる。

「……かぐや姫は無事でした。校舎の方も修復は終わりましたので、恐らく気付かれる事は無いと思われます…」

「そうですか、それは何よりです。あの子はまだ役目を果たして居ないんですから、死なれたら困ります」

「……では、私はこれで」


頭を下げて、去ろうとする千晶の背に天生の楽しげな声が刺さる。

「そういえば、千晶……君の妹は元気にしていますか?彼女にも、伝えておいて下さいね。


役目を果たすまで、死なせないと」

その言葉に、千晶の顔が青ざめていく。背中から伝わるのか、天生は密かに笑う。

あぁ、なんて酷い呪いだろう。
なんて愛しい呪いだろう。


襖が閉じられて、また薄暗くなった部屋には月明かりだけが煌々と天生を照らしている。白銀のふわふわとした髪の隙間から、血のように赤い目が覗く。
恐ろしいほどに整ったその顔は、楽しげな笑みを浮かべていた。


「あぁ、たまらないなぁ…

早く、此処に来てくれないかなぁ…郭哉…」

部屋の壁に歩み寄り、白い手でその壁を撫でる。
否、壁ではない。

それは、座敷牢だった。

薄暗い座敷牢には窓も何もなく、天井から伸びる鎖と幾重にも重なった着物がまるで舞台のように整えられている。

木の柵を撫ぜる天生の表情は、恍惚としていた。


どんな顔で泣くの、

どんな声で呼んでくれるの、

触れたら、


受け入れてくれるの。







「月に、返したりなんかしない」



じゃらり、と重たい鎖が天生の手に引かれて音をたてた。









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