ある夜の秘恋の噺
1
保険医姿のままの葛城が、手負いの鳥羽を抱えて悠無に挨拶をする。
遊女たちはきゃあ、とまた騒いだ。
「うっるせ…ぇぞ…ガキども!」
「なによ!鳥羽のくせに!」
「手負いのくせに!」
「でもイケメンよ?!」
「手負いのイケメン!」
「抱きたい!」
「抱かれたい!」
「手羽先食べたい!」
「不穏すぎるの混じってる!ちなみに鳥羽は烏(からす)だから!鶏の妖怪じゃないんだから美味しくないよ」
「葛城てめ…っ!誰が不味いだと、もっぺん言ってみろ!」
「え、そっち?」
やいのやいのと言い争う様を、まるで保護者のように見守っている悠無に気が付いたのか、鳥羽があからさまに嫌な顔をする。
「…なに嬉しそうな顔してるんスか」
「うん?そんな顔してたか」
首を傾げる悠無に葛城も笑って「してましたー」と同意する。すると悠無は困ったように頭を掻いたのだった。
そして。
はた、と思い出したように目つきを変えた。
「…犬飼はどうした?」
ざわり、と鳥羽の気配が荒くなる。あぁ、怒っているのかと悠無は密かに思った。
ややあって、鳥羽が悔しそうな顔で歯を食いしばりながら呟いた。
「社(やしろ)にやられました…」
「死んではないな、捕まったか」
何かを探るように目を閉じてから、悠無はそう言って腕を組んだ。鳥羽は言葉もなくうなだれている。
そんな鳥羽の頭をぐしゃぐしゃと撫でたのは、葛城だった。
「元気出しなよー鳥羽ちゃーん」
「…てめぇ本気でしばき倒す…」
「犬飼のがよっぽど辛いじゃんさー。ひとりでさ、あの社の当主に捕まってるんでしょー?
アイツ絶対鬼畜だよねー、顔で分かるんだよー」
芝居がかった口調で報告しながら葛城はまだ鳥羽の頭を撫で続ける。
鳥羽は苛立ちを隠さないながら、なんとか耐え忍んでいるようだった。
そんな中、悠無がニヤリと笑った。
「天生(あまお)が出てきたか」
「…ボスぅ、何か知ってるぅ?僕ら社の当主の事分からないんだけど…」
葛城の問いに、悠無は目を細めてなにやら思案中のようだった。
鳥羽がいよいよ我慢の限界らしく、「止めろって言ってんだろー!」と腕を振り上げたと同時に、葛城は鳥羽から手を離して悠無に向き直っていた。
完全に空振りした鳥羽は、勢い余って仰向けに倒れた。
「俺ケガ人…!」
「天生は転生者だ。特に記憶の保持がほぼ完璧で…社で一番厄介なのはアイツだな」
「ねぇねぇボスぅ、なんでカグヤ様助けに行かないのー」
畳の上で呻いている鳥羽を起こして、人形よろしく腕を振りながら裏声で話す葛城を気にも止めず悠無は底知れない笑みを浮かべた。
「それが必ずしも良策とは言えないからな」
「えー、なんでぇ」
「…この世界は救いようもないって事だよ」
肩をすくめて、これ以上話す事はないと悠無はまた月を仰ぐ。話が終わったと判断したのか、葛城は鳥羽を引きずって外に出て行こうとする。
「犬飼の事だがな」
「……はいー?」
「あの子はああ見えて聡いからな、上手くやるさ。もちろん助けはするが―――こっちにも色々段取りがある」
「りょーかいです、あー…そういえば」
「なんだ、まだ何か有るのか」
「えっと〜『獣道』情報なんですけれどー…なんか郭哉サマが熱出して寝込んでるらし、」
パリン、と悠無が手に持っていたとっくりが無残にも握りつぶされていた。
「……なんだと…」
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