ある夜の秘恋の噺 3 体調が少し良くなった気がした……気がしてたんだ。 「ちょっ、郭哉?はわわわわわ……」 竜友が年甲斐もなく慌てふためいている。だから大丈夫だってば。俺だって不安なんだから慌てんな…! 薬飲んだからもう平気とか思ったのにね。 いまだに熱は、うちの学校の保健室の先生が「親と救急車どっちにするぅ」と目が笑ってない状態で尋ねてきそうな数値である。 わたわたしていると、突然インターホンがなった。 ◇◆◇◆◇ 竜友が扉を開けて、対応する声が聞こえていたかと思うと。 急に冷たい袋がパシャ、と顔面に落ちてきた。 「ふぎゃっ!」 「お?起きてたのか郭哉ー?」 「たった今強制的にな」 悪気はなさそうな笑みを浮かべて。トウヤが俺を覗き込んでいた。 「うん、まだまだ本調子じゃなさそうだな…。 アイス持って来てやったからさ、食べたくなったら…食べろよ」 「アイス…! …待て、なんでアイス? もう冬になるのに? というかなんで、そんな悲しそうな顔で…」 そう不審に思って尋ねると、トウヤは遠い目をして「じっちゃんがな…」と呟く。 ごめんトウヤ、と言う前に。 「食事制限だっつーのにばーちゃんに隠れてアイス溜め込んでたんだよ…!賞味期限近いから今配って歩いてんだよ」 「じっちゃん…」 分かるよじっちゃん。俺だって好きなものを好きなだけ食べたい。冬のアイス?いいじゃないか。 コタツで食べるアイスって、人類の進化的な意味で素晴らしいよな。 だけれど、頂いた。 ◇◆◇◆◇ 狭苦しい寝室には、使い古しのストーブとグラスに入った花、テキトウに買ってきた市販薬なんかが散乱していた。 俺は体を起こして、ちびちびとカップのバニラアイスを削るように食べていた。 トウヤは手持ち無沙汰に市販薬の説明書を読んでたかと思うと、急に目があった。隠れるように見ていたので、とっさに視線を避けると。 布団の上に乗られて、慌てて目線をあげた。 あぁ、不機嫌そうな顔をしてらっしゃる。 「どうしたよ」 「うっ」 眉をひそめて、詰め寄る幼なじみに気まずくなりながらもアイスを口に運ぶ。 あぁ、甘ったるい。口の中が粘りつくようだから、小さい頃は牛乳が苦手だったのを思い出した。 「お前がそうやって、人の事盗み見る時はなんか言いたい時だって分かってんだぞ」 「さすがトウヤ」 「だろー」 急ににかっ、と笑ったかと思うと。次の瞬間には顔がごくごく近くに来ていた。 「言ってみな、怒ったりしないから」 目がしっかりと俺を見ている。 「大丈夫だから、郭哉」 言わないでも、だいたい伝わってしまってるんだろうな。 そんな気がして俯くと、俺よりも大きな手が頭を撫でた。子供にするみたいに優しい。なんでそんなに、優しいの。 それは、お前も『かぐや姫』を愛してたからじゃないの? 怖くて、聞けないんだよ。 何も言わない俺に呆れたのか、まだ言葉にする勇気が無い事を察したのか。 トウヤは「大事にな」と言って立ち上がってしまった。 きっと、手を伸ばしたら。 トウヤは止まってくれる。 甘やかしてくれる。 でも、それは出来なかった。 「ありがと、アイス」 「うん」 トウヤは実にあっさりと部屋を出て行ってしまった。 ◆◆◆◆◆ 「お邪魔しました」 几帳面に並べた靴を履き直す桃耶の背に、竜友が立った。 「…もう行くのか」 意外だな、と桃耶は思った。居て欲しいと思われていたのか、それとももっと郭哉とベタベタと接触するとでも? まぁ最近の来客にはどうも粘着質な面があるだろうから、俺は珍しいタイプなのかなと思う。 「まぁ、見舞いは長居するもんじゃないですから」 「そうか、」 納得がいかないらしい竜友に、桃耶はいつもとは違う笑みで話し掛ける。 「てっきり、晦(つごもり)が来てるんだと思ってさ」 そう言えば、とたんに竜友の表情は冷たくなる。あれアンタってそんな顔出来たんだ?と、思わずニヤリとした。 「…貴様」 「分かるさ、竜友さんは郭哉の事を大切にしてる。だから危ない橋を渡ってる。そうだろ? でもそれは、逆に郭哉を危険に晒すかも知れない」 ヒュ、と息が掠れる音がした。 「もうすぐで、社の二人が来る。…獣道の猫で助かった」 そう、もし晦が居たなら。帰って貰わないといけないし、何より痕跡を消さないと社側に竜友と晦の繋がりがバレてしまう。 竜友は困惑した表情で、桃耶を見下ろしている。 「お前は……なんなんだ…?」 「俺は、郭哉の味方だよ」 低い声でそう告げる。 冗談でもなんでもない。 「……」 何か言いたそうな竜友の視線を振り切るように、桃耶はアパートを後にした。 そう、俺は郭哉の味方だから。 郭哉の願いを叶えてやりたいだけだから。 それ以上は、 [*前へ][次へ#] [戻る] |