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ある夜の秘恋の噺





「御利用いただき有難うございますねェ」


やけに間延びした、気の抜けるような喋り方の声がした。

聞き慣れないそれに、郭哉が目を開けると。


ちりりん、

「……あれェ、これは珍しい御方がいらっしゃるねェ」

郭哉の眠る部屋を覗き込むように、黒い髪に金色の目の…猫耳の生えた男がそこに立っていた。

なん…だって…!
と、熱のせいもあり思考停止した郭哉を珍しがるように彼は寝室に踏み入って、ずいっと顔を近づけた。


「あァ、お久しぶりですねェ。『かぐや姫』……我が輩眼があまり良くなくてさァ」


「……いや、初めましてだから」

少なくとも、こんな奇妙なやつは初見である。
黒い猫耳をピクピクとさせて、なにかうっとりとしたように笑みを浮かべたかと思うと、さらに顔が近づいて冷たい額が俺の額とぶつかった。


「…そうだよねェ、初めてなら自己紹介からだよねェ。
我が輩は灯未(ともみ)。獣道のしがない案内人だよ」


「こんな至近距離で挨拶する必要あるのか…」


「そうだねェ、ある訳ないよねェ」

「だよねェ」



すぃ、と気まぐれに離れた灯火はそれこそまさに猫のような目を瞬かせた。


「これは『心』がやられてるねェ」


にっこりと笑んだその赤い口から、なんだかズバッと精神的にくる言葉が投げられた。


『心』か。



確かに。



「おい灯未!郭哉の寝所に入るな、獣道の気に当てられたらどうする…!」


焦ったように、竜友が灯未を引っ張り出して行く。
その手には、何か嫌な香りのする草が…いや…まさか…


「竜友それまさか漢方なのか」


「ぎくっ」


「いまどき口で擬音語出さないからな」


可愛いつもりなのか。
てへぺろするなよ。






「あ、竜友」

「なんだ」


「朝ご飯は」



◇◆◇◆◇



「わァ、嬉しいねェ。久しくお魚なんて食べてないからさァ」

「ちょっと待て、灯未。お前の分はないぞ?うちの郭哉のただひとつ吸引力の変わらない胃袋を舐めて貰っては…」


「…いいよ、一匹くらいさァ」


「うつってるぞ郭哉」



冷凍庫に入ってたらしい穴子の干物をストーブで炙ったらしく、塩辛いながらも油ののったその香ばしい香りに食欲が湧かない訳がない。
しかし、さすがにいつもよりも本調子ではない。



吸い物の三つ葉と卵の澄まし汁をちびちびと飲みながら、竜友の手に握られた草について問いただした。



「まさかとは思うけど、漢方薬でも作ろうとしてたのか」


「……」


「そうだよねェ、竜友くん」


「黙れ…」



クスクスと笑って、灯未は穴子をもしゃもしゃと手掴みで食している。

ちなみに、三つ葉は獣道とやらで摘んだらしい。
卵については聞きたくないが、普通に鶏卵だと信じたい。信じさせてください。



「でもねェ、竜友くん。どうやら身体的な事だけじゃなくてさァ……『心』の問題みたいなんだよねェ」


少し小馬鹿にするように、灯未は竜友に笑い掛けた。



少しだけ、嫌な気分になった。

『心』に問題ってさ、どうしょうもないじゃないか。だいたいこんな急展開について行ける奴って居るのかなとか考えながら、竜友を盗み見た。

竜友は、顔を強張らせて――――僅かに悲しそうな顔をした。



その事の方が、ずっと精神的にきた気がする。



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あきゅろす。
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