ある夜の秘恋の噺 8 「カグヤ、遅いな……」 竜友の読み通り、外まで行って郭哉を迎えに出た辰壬は暗い道を歩いていた。 すんすん、と冷たい空気を嗅ぎながら郭哉を探していると。 「………あいつ…」 「あ、こんばんは」 郭哉を背負った桃耶が見えて、すごく不機嫌そうな顔をした辰壬だったが、郭哉から血の匂いがしたためすぐに顔面蒼白になる。 「かっ…ぐや、の匂いじゃない…けど…」 眠ったままの郭哉をひったくって調べてから首を傾げる辰壬は、訝しむように桃耶を見た。 その視線におどけるようにして、首をすくめた桃耶は 「熱、あんまり良くないみたいなんで。早く連れて帰ってくださいよ」 と言い残して去ろうとする。 その背に、抜き身の日本刀が向けられて桃耶は立ち止まった。 「…何か、あったの…か?」 「…だから、何もないっすよ」 「お前、嫌いだけど……郭哉はお前を信じて、るから……。だから、」 食い下がらない辰壬に、疲れたようにため息をつく桃耶は、ポケットに手を入れたまま。 振り向きざまに、日本刀を蹴り落とした。 「…っ!」 「……つごもり、ってアンタらは呼んでるな。心当たりはあるだろ?」 つごもり、とは。 「まさか…襲われ、た…?」 「…そうっすよ。わかったら、早く帰って下さい」 今度こそ、踵を返して桃耶は夕闇の路地に消えて行った。辰壬は暫く考えてから、言われた通りに帰路についた。 「カグヤ、カグヤ……」 まるで飼い主を見つけた飼い犬のように、眠ったままの郭哉を抱きしめながら走る辰壬は、泣きそうな顔をしていた。 ◇◆◇◆◇ 「…これで、満足ですか?」 「えぇ、ご協力有難う御座います」 辰壬の気配が無くなってから、桃耶が呟くと待っていたようにアー君……もとい天生(あまお)が現れてにっこりと笑った。 その後ろにはぐったりとした千晶と、枷を嵌められた犬飼が佇んでいる。 睨むような桃耶の目線に、ニコニコとしながら天生は近づいて行く。 「まさか、あなたも転生者だなんて…運命を感じませんか? 鈴鹿桃耶くん? …おや、そんな怖い顔をしないで下さいよ」 「……」 「僕たちは、もう共謀者じゃないですかぁ?」 吐き気がするような、言葉だった。 郭哉に嘘を付かなくてはならないなんて、お互いの弱味を握りながらの関係なんて、本当に胸糞わるい。 そんな桃耶の気持ちを知ってか知らずか、天生は笑みを深くした。 『僕はまだ、郭哉に正体を知られたくない。 ―――それは、アナタも同じでしょう?』 その取引に応じてしまった。 なんて、厄介な。 「……郭哉を、傷付けたら許さないからな…」 決して、郭哉当人には聞かせないような低い声で桃耶は天生を見据える。 「……」 笑みを貼り付けたまま、天生もまた彼を見つめていた。 [*前へ][次へ#] [戻る] |