ある夜の秘恋の噺
3
気を失った郭哉を千晶が慌てて抱き留めて、目の前の少年を見据え…暗闇に映える、朱の鞘に収まっているのは何も『刀』だけではないだろうと、術者的な勘で察した。
郭哉が『アーくん』と呼んだ少年の安否を横目で確認しながら、千晶は臨戦態勢をとった。
「君さ、いったい『誰』なの?僕ら『求婚者』でも、奴ら『晦(つごもり)』でもない……」
探るような視線に、背を向けたままの桃耶は肩をすくめた。しかし、彼の目線は追跡者である『彼ら』を見据えている。
『アーくん』はただ俯きながら、ほの暗い空気に潜むようにそこに佇んでいた。
「仲間割れかぁっ!?」
楽しげ、と言っても過言ではない『敵』の問いかけに桃耶が一歩前に歩み出た。
「俺は『かぐや』の味方だよ」
実に爽やかで、高らかで、朗らかに桃耶は答えた。
敵はポカンとしていたが、意外にも千晶が慌てふためく。
「…ちょ、それズルい!僕だってそーうでーすーっ!姫様さえ守れればそれでいいんだよ!」
…千晶の大人げない言い方に、桃耶が少し笑った。
「……ボクは、
……だから」
消え入るような声で『アーくん』も宣言した。しかし敵側の興味は千晶と桃耶であったので、彼の底知れない淀んだ瞳は誰も見ていなかった。
呆れたように此方を伺っていた烏面が、カラカラと笑った。
「『社(やしろ)』は所詮、自分本位ってこったな!……そんな奴らに、みすみす『かぐや姫』を渡す訳ねぇだろ!」
「……去ね」
狗面の青年が、静かな声ではっきりと嫌悪感を示した。
それを皮切りに、
「…っ!」
『彼の国より召しますは、蠢き喰らう根の傀儡…』
桃耶は抜刀しないまま走り出し、千晶は式を呼ぶために言葉を紡ぐ。
烏面の青年が飛び上がり、天井を駆ける。白い烏の羽を散らしながら、手を鉤爪のように変形させて桃耶に襲いかかる。
一撃を鞘で受け止めた桃耶は、壁へと烏面を受け流して体勢を整える。
烏面の頭になぎ払うような鞘での一撃が当たり、仮面にひびが入る。
「…っ、その目は…」
「あ゛ぁ?」
ギラギラと黄金色に輝く、猛禽類のような眼孔が覗いた。それにたじろぐ桃耶に凶悪な笑みを返した烏面は、鞘を掴んで桃耶の姿勢を崩した。
「…あれ、一応この話ってさ…BL和風ファンタジーだよね?週刊連載のバトルものみたいに…」
「余所見は、良くない」
狗面の青年の抑揚のない声がしたかと思うと、千晶の横腹に激痛が走った。
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