ある夜の秘恋の噺 缶蹴る前に 「アーくん!」 飛び出した廊下には既に彼の姿は無く、何故か外から差す光は夕暮れ時の赤に染まっていた。 赤と黒のコントラストにされた学校の廊下を、ただひとりで駆ける。 「アーくん!どこ!」 息苦しい、 朦朧とする、 …今更だけど、そういや熱が有るんだった。風邪とかそんなレベルじゃなくて、多分真っ直ぐ歩けない程度のえげつない熱で。 何やってんだろ。 「…思い出したら、気分悪くなってきた…」 そう、何やってんだろう。 アーくんは出会ったばっかりの奴で、お互いの事なんか何も知らないのに、 「アーくん…」 どうして、 こんなに気になるんだ。 「かぐや姫みーっけた」 聞き覚えのない声に振り返ると、二人組の…多分高校生かそこらの人達が居た。 その顔には、古典に出てきそうな鳥の面と狗の面があり、とても不気味だ。 鳥の面の男が、恐らく笑っているのだろう口元がチラッと見えた。 もうひとりの、狗の方は微動だにしないが多分此方を見ている。 「……まさか、生まれ変わりの…?」 「は?ちげぇよ」 「すいません」 口が悪いっ!怖いよ年上怖いだいたいお面とかなんなんだ、どこでそんなん売って、 「俺たちの事はいいッスよ『かぐや姫』?……大人しく、着いてきてくんないッスかねぇ?」 「〜ッス、が敬語のつもりか?!」 「なるほど、口もきけなくされたい訳だなぁ?」 「本当にすいません」 鳥の人怖いよ!? てか、俺ものすごくピンチな気がしてきた… 「…、おぇ」 「吐くのはダメッスよ、一応あんたがヒロインなんだからな」 誰がヒロインか…! 流石に、熱出して走って非日常的な事ばっかおきてさぁ。いい加減に意識がぶっ飛びそうなんだけど、今はヤバいでしょうねー。 「…確実に攫われちゃうな」 本当に追いつめられると、人って笑っちゃうんだ。今気が付いた。 鳥の面の人が、俺の様子に気が付いたように歩み寄ってくる。 「…しんどいんなら、気絶させてやろうか?」 「…おまわりさーん」 「本っ当に気丈だな、かぐや姫」 仮面の下で凶悪そうに笑う顔が見えるような気がした。 男の手が、手刀の形になって振り上げられる。それを力なく見上げる俺はきっと、笑ってたんだろう。 「おやすみ、かぐや姫」 「界を建てし四柱、介しは麒麟央を穿つ!とか言ってみたかったけどシンプルに!反結界、展開せよ!」 ビリビリ、と布が裂けていくような音がした。 仮面の人達がはじき飛ばされて、俺を支えるように千晶さんが現れた。 「ねぇ、姫?惚れ直した?」 「……きゃー、すてきぃ…」 [*前へ][次へ#] [戻る] |