ある夜の秘恋の噺 1 シリアスっぽい雰囲気に、どう反応していいか悩んでいたところで。 唐突に保健室のドアが開いた。 「はーい、保健室のベッドは病人が休む為にあるんだぞ?」 保険医らしい男が、愛想笑いしながら此方へ歩み寄って来た。モデル体型で、セミロングの髪に、狐のような顔。 あれ、こんな人いたっけか。 「ほーら、友達から降りなさいってば!中学生が色気づかないのっ」 「……、」 アー君はゆったりとした動作で、俺から降りて保険医を睨み付ける。 その間に俺もベッドから降り… 「あー、君は病人だから駄目じゃない」 「あれ、俺って病人なんですか」 「郭哉は病人でしょう」 テンポよく繋がった俺達のやりとりは、アー君が保健室を出ようと歩いて行く事で終わりを迎えた。 「……それにしても『先生』?随分とタイミングが良いですねぇ」 クスクス、と笑ったアー君に対して。飄々と保険医は答える。 「…んー、やだなぁ。僕はただ職務をまっとうしようと思っただけだよ。ほら、早く教室に帰りなさーい?」 正論、と思ったんだけど。 あれ、 なんか、 おかしいよな、 「……はい、『先生』…」 アー君と、少しだけ眼が合う。 その眼は。 またあの冷たい眼だった。 「……アーく、ん」 そうだ、おかしい。 アー君は保健室登校者のはずで、それなら保険医の先生と知り合ってるはずで、教室に帰るなんて事にはならないはず、 えっ、 「先生、先生は…」 「うーん?何かなー」 「アー君と会った事ある…」 「…アー君ー?」 困ったように首を傾げる保険医に、また背筋を嫌な汗が流れ落ちて行った。 嘘だろ。 「い、今…出てった人です!アー君、天生(あまお)君…!」 「えー、知らないよー」 嘘をついているようには見えない、そもそも嘘をつく必要もない。 慌てて、保健室を出てアー君を追い掛ける。 保険医が止めたけど、止まる訳ない。 アー君、 アー君は、 誰なんだ。 ◇◇◇◇◇ 「あーあ、行っちゃったぁー」 保険医は、郭哉の背を見送りながらため息をついた。 しかしその表情は、相変わらず狐のように目を細めた笑みを浮かべていた。 「でーもーさぁ、会った事ある訳ないじゃん」 楽しげに、郭哉が寝ていたベッドに腰かける保険医の懐から。狐の面が落ちた。 「今日初めて、此処に来たんだしさぁー…」 [*前へ][次へ#] [戻る] |