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ある夜の秘恋の噺



「あ、シューパイの御礼今度しますから…何組ですか?」

俺がそう尋ねると、彼は急に黙りこくってしまった。聞いてまずい事だろうか?

「実は…ボク生まれつき体が弱くて、あんまり学校に来てなくって…今日はたまたま来てて、」

「そう、なんだ…」


…そうか、俺はもう三年生で今は二学期も終盤だし下級生でも見覚えが無いなとは思ったが、いろんな人が居るんだな。

「…じゃあ、俺はラッキーですね。卒業する前に、あなたに出会えて」

「ふふ、そうですね」


なんだか、ほわほわと花が舞ってそうな笑顔に俺も自然と笑顔になる。

「名前、なんて言うんですか?」

「天生(アマオ)といいます。友達にはアーくんって言われてるので、それで呼んで下さいっ!……ええと、」

「俺は、郭哉」


かぐや、と呟いてアーくんは嬉しそうに頷いた。

「お互い、珍しい名前ですよね!…それで……、」


急に、テンションが下がったように静かになるアーくんに俺は首を傾げた。


彼は、笑みを浮かべたままなので別に怒ってはないのだろうけど。


「…それで、郭哉の…名字はなんですか?」






……え、と俺は思い返してみた。

『かぐや』



「…あれ、」



ごく普通の問いだろう。逆に名字で呼びあったりする方が一般的だから、ほら、思い出せ。


「俺は……」


今まで、どうしてた?







無い、の?





「……っ、!!」

寒気がした。


あれ、じゃあ俺は一体、普通の生活して、これから進路だって、働いて生計立てて、
そうして。


「……、郭哉っ!?大丈夫ですかっ!」

「はっ…はっ、…っ!」


アーくんの焦った声が遠くなる。食べかけのシューパイが、手の中でぐちゃりと潰れた。

重力が狂ったみたいに、体が反転していく。



『かぐや』


誰かの声が、聞こえた気がした。




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