ある夜の秘恋の噺
社家から電話
【辰壬視点】
カグヤが飛び出して行く時に、思わず引き止めようと伸ばした手は、結局彼を掴む事無く下ろされた。
ただ、恨みがましくカグヤと『幼なじみ』の桃耶とかいう少年が、カグヤを追って行く姿を見つめていた。
「……追わないのか、辰壬」
「……、」
不思議そうに聞く、竜友の言葉には答えないまま。首を振った。
「…本当、なら……ヤダ…」
行かないで欲しかった。
そばにいて、
暖かい、『生きている』体温を感じていたかった、
「…けど、カグヤ……学校…好き」
「あいつの楽しみは主に購買だけだがな」
竜友が肩を竦めながら、洗い物を始めたらしい音が聞こえる。開け放ったままの玄関の扉を閉められないまま、辰壬はカグヤの消えた方を見ている。
「…、それが…正しい」
そうだ、生まれ代わりと言っても彼は『かぐや姫』ではないのだ。それなのに、前世の記憶を引きずり出してまで今の彼の生活を脅かすのは間違ってる。
間違ってるのは、
分かっているけれど。
「…それでも、変わらないんだろう?辰壬?」
「…っ!読むな…!」
「仕方ないだろう、勝手に聞こえてくるのだから」
しれっ、とした態度で皿を洗い続ける竜友は悪びれる様子もない。彼には心の声が聞こえるらしく、だからカグヤの世話役を任されているとも聞く。
しかし、心が読まれるのは居心地の良いものではない。
――と、思っている時だった。
ルルル、と家の電話が鳴り。
竜友が「出てくれ」と視線を寄越したので、渋々受話器を取る。
耳に受話器を当てると、驚くほど雑音がない、静寂に耳が痛く成りそうで、
「…だれ…」
と思わず呟いてから、後悔をした。
『…どこに居るんですか、辰壬』
「…っぁ、」
切らないと。
早く切らないと、
『先日は満月だというのに、アナタが居ないと聞いて驚いたのですよ』
受話器からは、まるで仲の良い人に喋るような口振りで話す、中性的な澄んだ声が響く。
「ごめ、んなさ…っ」
『どうして謝るのです?悪い事でもしたのですか?』
「ちが、う…!けど、」
指先から感覚が抜けて行く。体温が一気に下がって、おぞましいくらいの寒気に体が震え出した。
それを知ってか知らずか、受話器越しの相手は一層楽しげに話し出した。
『良かった…では、もうすぐ帰って来るのですね?…そう、僕と約束してくれましたよね?』
「…と、当主さま……」
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