君がための愛を!
鳴かぬ蛍が
湯浴みから出れば、今度はまつさんが待ち構えていた。にっこりとしたその手には、ハサミと南蛮風の着物だった。
逃げる事も叶わず、されるがまま。
私はまつさんの見事な手捌きによって、いっぱしの『お嬢様』にされたのであった。
◇◇◇◇◇
されるがままに、ついて行くと。
どん引きするくらい長い机に、織田社長、濃姫さん、蘭丸くんが座っていた。
南蛮風で豪奢なその机や、壁に掛かる肖像画に、見たことのない果物。
あぁ、
すみません、
生憎、これ以上形容出来る言葉を持ち合わせてなく。
ただ、強いて言うなら、
桃源郷のようでした。
「あら、遠梨ちゃん…!見違えたわ!!」
濃姫さん、がにっこりと笑った。妖艶なはずの彼女の笑みからは本当の驚きと、喜びが滲み出ている。
「…はん、馬子にも衣装って事だな!洋服に着られてやんの、綺麗なのはお前じゃないんだからな!いい気に…」
「蘭丸くん、」
「うっ、……早く、座れよ…遠梨」
濃姫さんが、私に見えない角度で蘭丸くんを諫めたらしく。蘭丸くんもさすがに黙るしかないみたいだった。
それより、
私は織田社長の表情を伺おうとしたのだけど、相変わらず渋い顔…というか。怒っているのだろうか、怒らせたのだろうか、なんて不安に思っていると。
いつの間にか、まつさんが私のそばで耳打ちをしてくれて、
「あれほど上機嫌な信長様は、そうそうお目にかかれるものでは御座いませぬ」
と教えてくれた。
え、あれ上機嫌なの?嘘?
そんな私の心の声が聞こえたか否か、急に立ち上がった織田社長は懐から長い…管…?なんだろうあれ、
バァアァン!
「っう、あ!!!??」
「寿ぇええい!宴よぉおぉう!」
てっ、天井に穴が…!
あれが種子島…!初めて見た…、いや天井が…!
「ふふ、上総介様ったら…!」
「さっすが信長様ー!」
和やかに笑ってる!?!?
え、富裕層にはこれが普通なのかな。私があんまりにも常識ないだけ……?
唖然とする私を差し置いて。
まつさんや、利家さんも総出でこの場を楽しんでいる。
あったかい、
嬉しい、
「う…、」
「遠梨よ、ここぞ我が帰する所ぞ」
凶悪な、楽しげな織田社長の笑みが深くなる。
美味しそうな食事と、楽しげな会話に、私ですらいつの間にか微笑んでいた。
楽しい、
美味しい、
たくさんの、初めての感覚。
西洋の箸は使いにくいけど、そもそも普通の箸を使った事もないから関係ない、
いつ終わるとも知れず、私の歓迎だという宴が続いた。
ただひとつ、気になるのは。
あの、慶次って呼ばれたお兄さんが居ない事が。
なんだか凄く気になってしまって。
寂しい、だなんて。
考えていたりして。
そんな事を考える私を罰するみたいに、
楽しげだった空間をぶち壊すように、固く閉じられていた扉が勢いよく開いたのだった。
「兄上っ!一体どういうおつもりかっ!」
怖い、顔をしたお兄さんが。
大きな声で叫んで、織田社長を睨みつけていた。
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