君がための愛を!
移りにけりな
さすが天下の織田の屋敷だけある。西洋の文化を取り入れたシンメトリーの豪奢な屋敷は、バカでかいし美しい。
庭は日本庭園が広がっているのが何ともアンバランスだ。
***
先ほどの秘書さんが、先回りをしたのか扉を開けて待っている。
一歩、屋敷に踏み入れて。
「……あ、うぁ…!」
まるで、美術館のようなエントランスに思わず感嘆の声を上げる。
絵画に、大きな壷に、モニュメント。
掛け軸には「天下布武」と書かれている。
…絢爛豪華、と言えばいいのだろうか。
「お帰りなさいませ、旦那様!」
「ご無事で何よりでございますれば」
奥の通路から、料理人らしき男女がやって来て会釈をした。
織田社長はそれに一瞥しただけで視線は交わらなかったのに、料理人の人達は顔を見合わせて
「今日は旦那様のご機嫌が良いなぁ!まつ!」
「そうでございますね犬千代様!」
と仲睦まじい様子を見る限り、彼らは夫婦のようだが犬千代と呼ばれた人は何故か裸で腰巻きにエプロンをしている。
何かの罰ゲームだったりするのだろうか。
と、考えていると。
二階らしき所から少年がひょっこり顔を出した。
「お帰りなさい信長様ーっ!言われた通り光秀を散歩に連れて行ったよ!」
「ふぅむ…大儀であったぞ、丸ぅ…」
織田社長が珍しく楽しげに仁王立ちをする。
丸と呼ばれた少年はどうやら『光秀』という名前の犬の散歩のご褒美と称して、何やら秘書さんに小袋を貰っていた。
そこで、ばちりと目が合ってしまった。
「ん?なんだよお前!信長様と手を繋ぐなんて生意気だぞ!蘭丸だってまだないのに!」
「…ぅ…」
なんでそんな大きな声で喚くんだろう。つかつかと大股で近寄って来たかと思うと、私の手をむしりとるように爪を立てられた。
「離れろよ!汚いヤツめ!」
「やめい、丸」
「でも、信長様ぁ…っ!」
「二度も言わせるでないわ」
ふん、と鼻をならして。織田社長は再び私の手を取って、周りを見渡したかと思うと、
「…『これ』を我が娘と心得ぃ!」
と、宣言された。
もちろん、周りはポカーンとしているだろうと思ったけれど。
「まぁ!それではお祝いせねばなりませんね!市場にて小豆を買って来させまする!」
「服も新しいのが必要だわ、メイドを呼ばなくては…」
「よぉし!某はカジキを釣って来よう!」
「…おい、お前!蘭丸の事はちゃんと『兄様』って呼ぶんだぞ!いいな!」
なんだ、この反応。
こんな小汚い私を『娘』呼ばわりする織田社長も大概変だが、この人達もおかしい。
「文句はあるまいな」
「……っ、」
「沈黙は是なり。これで貴様は、我が娘よ…『遠梨』」
「…トオリ?」
名前まで付いて来た。
ほんの数刻前に、命を諦めていた私に。『娘』と言って、名前を寄越して。
今日は本当に、すごい1日だと思うんだ…。
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